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トウガラシの辛味成分カプサイシンに秘められた意外な力とは?

2021年のノーベル医学・生理学賞に、感覚神経の熱受容体であるTRPV1を発見したデヴィッド・ジュリアス(David Julius)氏が選ばれた。薬用植物ファンとしては、TRPV1といえば、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンを真っ先に連想する。カプサイシンがTRPV1に作用することで、熱さや痛みに似た感覚である「辛味」が生み出されるのだ。

カプサイシンが活躍するのは激辛料理だけではない。カプサイシンがTRPV1に作用する性質を利用して、温湿布や抗炎症薬など、医薬品分野でも広く利用されている。さらに、興味深い性質や類似物質も発見されており、まだまだカプサイシンの可能性は広がりそうだ。

今回の記事では、そんなホットな話題を提供してくれるカプサイシンの知られざる特性について紹介したい。

カプサイシンといえばトウガラシ

カプサイシンは、トウガラシ属植物の果実に含まれるアルカロイド(窒素原子を含む有機化合物)だ。トウガラシの果実の中でも、特に「胎座」という、種子がついた綿状の部位にカプサイシンが多く含まれる。一説では、種子がネズミなどに齧られないように辛味で守る、というのがカプサイシンの役割だと考えられている。一方、鳥類は辛味を感じないため、トウガラシを食べて種子を糞とともに排泄する。野生のトウガラシは、鳥に種子を運ばせることで繁殖するのだ。

トウガラシの細胞内で、カプサイシンはアミノ酸(主にフェニルアラニンとバリン)から合成される。ジヒドロカプサイシンやノルジヒドロカプサイシンなど、わずかに構造の異なる複数の類縁物質があり、「カプサイシノイド」と総称されている。

カプサイシンといえばTRPV1

トウガラシが辛いのは、カプサイシンとTRPV1が関係している。TRPV1とは、脊椎動物の感覚神経にある受容体タンパク質のなかまで、熱や酸、一部の化学物質に反応して活動電位(細胞内外のイオン濃度の急激な変化で生まれる電気信号)を起こす。活動電位は中枢神経系に伝わり、さまざまな自己防衛反応が誘発される。

たとえば、体が温まると血管が拡張したり汗をかいたりして放熱する。体内で炎症が起きた場合は、血流が増して免疫細胞を効率よく患部へ輸送する。これらの現象は、TRPV1が刺激を感知することで起きる一連の防御反応だ。

このように、熱などの有害な刺激を感知して防御するのがTRPV1の本来の役目だが、カプサイシンはこのTRPV1に作用して活動電位を引き起こしてしまう。つまり、熱が加わっていないにもかかわらず、あたかも熱を感知したかのように、痛覚や血管拡張、発汗などの反応が起きる。カプサイシンに触れた時の「熱いものに触れたような痛み」が、辛味の正体だ。

辛いだけではない意外な用途

中南米原産のトウガラシは、大航海時代に薬用植物としてヨーロッパに持ち込まれ、江戸時代には日本で大衆化した。現在でも、食品や医薬品の成分表示に「トウガラシエキス」や「カプサイシン」の名前が見られる。

トウガラシエキスが使われるものの筆頭といえば「激辛料理」だろう。焼けるような辛味が襲い、体中から汗が吹き出すものを、ストレス発散や度胸試しに食べるのがもはや文化になっている。トウガラシエキスの原液は素手で触るのも危険な代物なので、加工食品に入れる時は「良心的な」濃度に希釈されている。

ちなみにカプサイシンは水に溶けないので、口を水でゆすいでも辛味は洗い流せない。牛乳に含まれるタンパク質が辛味を和らげると言われているが、そもそも無理のない程度の辛味を自分のペースで楽しむのが健全だろう。

医薬品用途で多いのは、温湿布や温感クリームだ。カプサイシンがTRPV1に作用して、体が温まったように感じる性質を上手く利用している。血管が拡張して発汗が促されることで、代謝が上がると言われている。

トウガラシの辛味からは想像できないかもしれないが、カプサイシンには鎮痛作用と抗炎症作用もあり、外用薬に添加されている。カプサイシンがTRPV1に作用すると強い刺激を感じるが、その後は一時的に感覚神経の感度が下がるため、むしろ痛みが緩和されるというのだ。

抗炎症作用に関しては、作用機序の全ては解明されていないが、サイトカインの過剰な分泌を抑えることが示唆されている。このため一部の自己免疫疾患をカプサイシンで緩和できる可能性もあるが、いかんせん強烈な辛味がネックである。

あえて辛味を弱める取り組みも熱い

食品や医薬品の成分として活躍するカプサイシンだが、辛味が苦手な人にとっては利用しにくい物質だ。辛味を抑えつつ、トウガラシやカプサイシンの潜在能力を引き出す方法は無いものだろうか。

辛味が弱く、辛味以外の性質はカプサイシンに似ているという、都合の良い物質が存在する。辛くないトウガラシ品種から発見された、カプシエイトという物質だ。辛味が弱いにもかかわらず、代謝向上などカプサイシンに似た機能性があるとされている。

カプシエイトは既にサプリメントに使われており、カプシエイトを含むトウガラシをブランド化して売り出す動きもある。辛味が苦手な人の需要に応えることで、トウガラシ関連製品の市場で一定の地位を確立する可能性があるだろう。

筆者が関心を持っているのは、カプサイシンの分解によるバニリンの生成だ。カプサイシンの分子構造を見てみると、バニリルアミンと脂肪酸(8-メチル-6-ノネン酸)がアミド結合している。もし、このアミド結合を切断できれば、カプサイシンからバニリンが生成できるのではないだろうか。

カプサイシンのアミド結合は非常に安定で、アルカリで熱しても加水分解しないとされている。しかし、どうも時間経過によって徐々に分解してバニリンが生じているのではないか、というのが筆者の考えだ。

アミド結合を切断する酵素は天然に存在するが、それらを利用してトウガラシエキスを処理するとどうなるのだろう。エキス中のカプサイシンの一部がバニリンに分解して辛味が和らぎ、甘い香りとトウガラシの風味が融合した、新しい食品素材になるのではないだろうか。

唐辛子には医薬品としての用途がある

カプサイシンは哺乳類のTRPV1に作用するが、鳥類には効果がないという研究がある。トウガラシにとってカプサイシンは、哺乳類に果実を食べられるのを防ぎ、種子散布者である鳥だけに食べてもらえる、便利な防御物質なのだろう。

だとすれば、ヒトという哺乳類によって辛味に価値を見出され、食品や医薬品に利用されるとは皮肉な話だ。だが、ヒトに栽培されることで世界各地に分布を広げられたことを思えば、トウガラシにとっても成功だったのかもしれない。

トウガラシといえば食品の辛味づけ、というイメージが強いかもしれないが、ぜひ医薬品としての用途があることも認識してほしい。温湿布や外用薬の成分表示を眺めて、意外なところで活躍するトウガラシエキスやカプサイシンを探してみよう。

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