若島 朋幸|深海微生物から生命の起源に迫る研究者
生命はどのようにして誕生したのか――。人類の抱えるこの根源的な問いに、最新の科学で挑む研究者がいる。筑波大学博士課程2年の若島朋幸氏だ。大学と並行して理化学研究所にも勤務しながら、深海の熱水噴出孔に生息する極限環境微生物の研究に取り組む若島氏に、研究の最前線と、その道を選んだ経緯について詳しく話を伺った。
※この記事は、2024年10月26日、27日に行われた、科学技術振興機構主催「サイエンスアゴラ2024」内において、flasko Projectが出展した「科学者、科学、未来を身近にするflaskoワークショップ」の中でインタビューした内容を元に作成しています。
若島 朋幸
Tomoyuki WAKASHIMA
1. 理化学研究所 環境資源科学研究センター
生体機能触媒研究チームジュニアリサーチアソシエイト
2. 筑波大学大学院 理工情報生命学術院 生命地球科学研究群
生物学学位プログラム博士2年
3. 海洋研究開発機構生命理工学センター外来研究員
4. 国際生物学オリンピック日本委員会運営委員/JBO同窓会運営委員長
≪専門≫
微生物学、分子進化学、代謝生化学、サイエンスコミュニケーション
≪その他≫
・目指していること:生命の起源の探究
・将来の夢:南極に行く
・趣味:写真、旅行、ギター
・出身:広島県
―― まずは現在の研究について教えてください。
生命の起源の解明という大きな科学のテーマに取り組んでいます。このテーマにおいては、いくつかの仮説が存在しており、生命が宇宙から飛来したという説や、陸上の温泉、地下深くで誕生したという説など、様々な可能性が検討されていますが、それぞれに一長一短あり、現在でも明確な起源というものは明らかにされていません。
私の研究における仮説では、最初の生命は海底の熱水噴出孔、いわゆる海底火山の周辺環境で誕生したのではないかと考えています。私の研究は、この仮説を裏付けるためのデータ収集が主な目的です。現在の地球上の海底火山の環境がどのようなものか、そこにどのような微生物が生息しているのか、そしてそれらの微生物がどのような能力を持っているのかを解明することで、生命誕生の謎に迫ろうとしています。
――そもそも生命の起源とは、どんなものなのでしょうか?
地球上に現存している生物の発生してきたシナリオとしては、おそらくまず非生物的な化学反応が起こり、それが細胞の膜のようなものに囲まれて、だんだんそれが自己複製をする過程で少しずつ現在の地球上の生物のような形に変化していったというのが通説です。
ただ、グラデーションのような過程でもあり、どこからが生物ときちんと定義するのは難しいです。また私の専門は生物分野であり、現存する生物に近いもの、いわば「初期の生命」に着目していますが、化学分野や物理分野を専門とした研究者の方もおり、一概には言えないところがあります。
ただ、現在地球上にいる多種多様な生物の進化の道筋をたどると、『LUCA(Last Universal Common Ancestor)』に行き着くと言われています。このLUCAがどんな姿をしていたのか、どんな機能を持っていたのかといったことをあきらかにするのが、私の目標のひとつです。その観点で、LUCAにつながるものとして微生物が重要なテーマになってきます。
―― 深海の微生物はどのようにして調査するのか、具体的な研究方法を教えていただけますか?
海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究として、海底調査船を使ったフィールドワークを行っています。調査をしたい目的に合わせて、過去のデータからそのような場所をリストアップし、調査計画を立てます。現地では、船から海底調査ロボットを降ろして、泥や岩石などのサンプルを採取します。
とくに注目しているのは、一酸化炭素(CO)を餌として利用できる微生物です。一酸化炭素は人間に対しては反応性が高いため、有害な物質として知られています。しかし、それは裏を返せば、エネルギー源として利用したり、炭素源として有機物を合成するのに利用したりできる、ある意味『夢のような物質』なのです。そこで近年、初期の生物はCOを利用していたのではないかと注目されています。
採取したサンプルは、培養実験を行います。フラスコの中に培地(栄養が含まれた液体)とともに、採取した泥や岩石や一酸化炭素を入れ、1週間から場合によっては1年という期間培養をします。その培養で増えてきた微生物は、一酸化炭素を利用できる微生物と考えられ、その微生物を研究に利用します。
―― 良さそうな微生物が見つかってきたのでしょうか?
研究グループ全体として、これまで見つかってこなかったような、良さそうなものもとれてきています。ただ、まだ培養をしただけの段階なので、今後詳細に調べる必要があります。
―― 深海からのサンプル採取や培養には特別な工夫が必要そうですね。
水深1600メートルほどの深海から採取したサンプルを船上に持ち上げる際には、確かに様々な課題があり、水温や水圧の変化で死んでしまう微生物もいると思います。ただ、私が着目しているバクテリアは、細胞の殻が比較的厚く、水圧の変化にそれほど敏感ではないという特徴があります。
一方で、研究者の中には可能な限り海底の状況を再現したまま採取したいと考えている方もいます。その場合は、圧をかけられるカプセルのような特殊な装置を使って採取しています。それは非常に大変な作業ですが、そうでないと採取できないような生命体もいると思います。
最終的には、生命の起源につながるような発見をしたいと思います。非常に幅が広いテーマであり、難しい課題ではあるのですが、その一端を担えたらと思います。
―― 研究航海の様子について、詳しく教えていただけますか?
私が参加した調査航海は3週間でした。乗船人数は約100名。そのうち研究員は20〜30名程度で、残りは船の運航や調理などを担当する専門スタッフです。
驚くべきことに、船内には本格的な実験室が完備されているんです。一般的な大学の実験室と同等、あるいはそれ以上の設備が整っていて、ドラフトチャンバーや培養器なども充実しています。これは非常に重要で、深海から採取したサンプルは速やかに処理を始める必要があるためです。船上で基礎的な実験や解析を行い、必要に応じてDNAを抽出して冷凍保存したり、生きたまま培養を始めたりします。
―― 採取してすぐに実験できる環境があるんですね。研究以外の部分での生活はどうでしたか?
生活環境も非常に充実しています。24時間利用可能な大浴場があり、食事も専門の調理師が3食きちんと用意してくれます。海水から濾過して真水を作る設備も整っているので、水の心配もありません。研究室のすぐ隣が食堂という効率的な配置で、すべてが船内で完結する、ある意味究極の研究環境と言えるかもしれません。
船内では時間が厳密に管理されています。食事の時間になると船内アナウンスが流れ、研究員も乗組員も食堂に集まる。この規則正しい生活リズムが、長期の航海を支えているのだと感じました。
―― この研究分野を選ばれた理由を教えてください。
中学生の頃、『なぜ自分が生きているのか』という根源的な疑問を持ちました。両親がいるから自分がいる、その前には祖父母がいる……というように遡っていくと、ホモ・サピエンスの誕生、そして最初の生命の出現にまで行き着きます。その最初の生命の誕生を解明することが、自分が生きている意味を理解することにつながるのではないかと考えたのです。
―― 中学生のころから、生物の起源を考えているのはすごいですね。
実は当初は、この問いに答えるアプローチとして、哲学や物理学なども検討しました。しかし最終的に微生物学を選んだのには理由があります。自分自身が生物である以上、生命の起源を解明するためには生物学が必須だと考えたからです。また、幼い頃から生き物が大好きで、家で魚を飼育したりもしていました。そういった個人的な興味も、この選択に影響していると思います。
たまに研究をしているときに、あれ何のためにやっていたんだろう、と思う事もあります。そういうときには一度立ち返って、根本的にやりたかった事は何だろうか、そのためにはこの研究が大事だなみたいなことを考える事はあります。
―― 高校時代には生物学オリンピックで優秀な成績を収められたそうですね。
高校2年生の時、自分の学校が予選会場だったため、とくに深い考えもなく参加してみました。ところが結果は予想以上に順位が低く、日本には非常に優秀な生徒がたくさんいることを痛感しました。この経験が大きな転機となり、翌年は本気で取り組むことにしたのです。
生物学オリンピックは、中高生を対象に20歳未満の学生であれば誰でも参加できるイベントで、生物の知識や実験の技術を競うコンテスト形式の大会です。予選はペーパーテストで全国から3000〜4000人が参加し、その中から80名が本選に進みます。本選では、4つ程度の実験試験があります。与えられた課題について実験を行い、その結果をレポートにまとめるというもので、実験技術だけでなく、結果の解釈力や論理的思考力も問われます。
幸いにも私は本選で上位10名に入り、金メダルをいただくことができました。ただ、高校3年生だったため、翌年の国際大会の日本代表選考の対象にはなれませんでした。それでも、この経験は非常に貴重でした。全国から集まった生物学好きの仲間との出会いは、今でも大切な財産になっています。
現在は運営側として関わっており、次世代の育成に携わっています。生物学オリンピックは今でも毎年開催されていて、2025年は東京都立大学で開催予定です。もっと多くの人にこの取り組みを知ってもらい、生命科学の面白さを伝えていければと思っています。
―― 研究者をしていて、楽しいと思う時は?
最近よく思うのは、予想外の結果にこそ新しい発見が潜んでいるのではないかということです。まさに最近、失敗と思ってよく実験データを解析したところ、これまでにないパターンが確認され、新しい発見となりました。
そのため、データが出たらそこから得られるものは全部取ってやるぞ、と思って研究しています。ひとつの解析をするにも、もちろん予算があり、お金がかかるわけなので、可能な限り考察を重ねて、できるかぎり搾り取ってやろうという気概で研究しています。
このあたりは大学だけではなく、研究所にも所属をしているからということもあると思います。研究所にいると、成果を出し続けないとラボ自体がなくなってしまうこともあり、研究員の皆さんも積極的で熱意もありますし、それで自分も成果を出してやるぞという気持ちになります。
―― 複数の機関に所属されているのですね。
はい、現在私は、筑波大学に学生として所属しながら、理化学研究所で研究を行い、さらにJAMSTECの外来研究員としても活動しています。これらの研究機関はそれぞれ全く異なる特徴や雰囲気を持っていて、そこで多様な経験を積めることは大きな強みだと感じています。
ずっと自分で行きたいところを探していった結果、目指していたら現在のような状況になったという感じです。
―― そのアグレッシブさは昔からですか?
どちらかといえば、大学に入ってからチャレンジするようになったと思います。それは新型コロナウイルスによるところもあります。2020年に新型コロナウイルスの影響で様々なイベントが中止になったりする中で、自分がやりたいと思うことは可能な限りやりたいと強く思うようになりました。
―― いま行っているチャレンジは?
研究とは違いますが、現在(取材当時)国立科学博物館のサイエンスコミュニケータ養成実践講座を受講しています。
参加するか迷いましたが、生命の起源の解明は自分ひとりでは達成しきれない内容だと思いますし、次世代の育成、後輩への引き継ぎのためにも、サイエンスコミュニケーションのように発信する能力は大事だと思って受講を決めました。
私が行っている生命の起源の解明というテーマは、最近注目され始めたテーマではあるんですが、まだ研究者が限られていると思っています。そこで、私がもっと発信をすることで、知ってもらい、この道を志すような人がひとりでも増えてくれたら嬉しいと思っています。
また、JAMSTECの『しんかい6500』という深海調査船がありますが、現在老朽化が進んでいるものの、後継機が造られないのではないかと話題になっています。予算的な問題や、一般市民の方の理解不足などがいわれているので、もっと広く注目されるようにできたらと思っています。
加えて、先ほど話した生物学オリンピックについても、優秀な生徒がたくさん集まっているので、もっと発信する事で注目度を高めていきたいと思っています。
―― 研究者としてのキャリアについて、どうお考えですか?
現在26歳で、同世代の多くはすでに一般企業で働いています。そんな中で学生を続けていることへの不安は、正直あります。博士課程の学生であれば誰もが感じる悩みだと思います。
ただ、生命の起源の解明は、私にとって人生をかけて取り組みたいテーマです。そのため、可能な限りアカデミアでの研究を続けていきたいと考えています。もちろん、研究の世界は厳しく、どこまで続けられるかは自分の実力と相談しながらになりますが。
―― 研究者を目指す後輩たちへメッセージをお願いします。
研究者の道は確かに過酷です。安易に『研究者になればよい』とはお勧めできません。ただ、本当にやりたいと思う人、少しでも興味があれば、ぜひ突き進んでほしいと思います。
そのためにはあらゆる選択肢を検討して選ぶことが重要だと思っています。私自身、修士のときにはインターンや就職活動も経験し、様々な選択肢を検討しました。その上で、アカデミアが一番面白いと思い、アカデミアの道を選択しました。
アカデミアの最大の魅力は、自分が最も興味を持てることに集中できる点です。企業の研究職とは異なり、組織の制約が比較的少ないのです。様々な選択肢を検討した上でもなお、アカデミアに興味がある人は、それが自分に最も合った道なのだと思います。
―― 本日はありがとうございました!
《関連論文・参考図書》
・Identification of a deep-branching thermophilic clade sheds light on early bacterial evolution
https://www.nature.com/articles/s41467-023-39960-x
深海熱水噴出孔から深く分岐する高温性細菌を新たに分離し、初期の細菌進化に関する洞察を提供しています。
・The physiology and habitat of the last universal common ancestor
https://www.nature.com/articles/nmicrobiol2016116
最も古い共通祖先(LUCA)の生理機能と生息環境を解析し、地球上の生命進化の始まりに関する新たな知見を提供しています。
・Organelles that illuminate the origins of Trichomonas hydrogenosomes and Giardia mitosomes
https://www.nature.com/articles/s41559-017-0092
トリコモナスとジアルジアの独自の細胞小器官の起源を追究。真核生物進化の複雑性に光を当てた重要な研究です。
・The reductive glycine pathway allows autotrophic growth of Desulfovibrio desulfuricans
https://www.nature.com/articles/s41467-020-18906-7
還元的グリシン経路による自律的な炭素固定メカニズムを解明。代謝進化と環境適応を理解する鍵となる研究です。
・『生命の起源はどこまでわかったか』(高井研/編、岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b352570.html
生命の起源研究を平易に解説した一般向けの一冊。最新知見をもとに科学の最前線をわかりやすく学べます。一般の方でも読みやすいオススメの一冊です。
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