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研究者インタビュー

菅原悠馬|宇宙空間の微小なチリやガスから銀河の成り立ちを探る

この宇宙が誕生してから138億年。その長い時間をかけて、この宇宙ではどのような事があって、今の姿になったのか。数多の科学者が、この時間的にも規模的にも非常に大きな課題について取り組んできた結果、多くの事が解明されましたが、未だ謎に包まれている事も多くある。

今回紹介するのは、そんな謎に立ち向かっている研究者だ。望遠鏡の性能の発達により、遥か遠くにある銀河を見ることができるようになってきたが、その銀河がどうやって作られてきたのかはまだ明らかになっていない。銀河誕生をめぐる謎を、どうやって明らかにしようとしているのか、話を聞いた。

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菅原悠馬

国立天文台特任研究員及び早稲田大学理工学術院総合研究所次席研究員

経歴:博士(理学)。京都大学理学部理学科を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻を修了。専門は観測銀河天文学。東京大学宇宙線研究所に所属していた大学院生時代に柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)に参加し、科学コミュニケーション活動にも関わってきた。

遥か遠くの微小なチリやガスからの情報をもとに、138億年の銀河の進化を探る

――まずは簡単に研究について教えてください。

宇宙が誕生してから138億年と言われていますが、今現在の宇宙を見るとたくさんの銀河があります。それらの銀河が138億年かけてどのように進化してきたのかを、天体観測で調べています。

―― そもそも銀河とはなんなのでしょうか?

銀河とは、たくさんの星が集まってできた巨大な天体です。私たちの住む銀河系や、近くにある巨大な銀河は、数百億個、数千億個、もしくはそれ以上もの数の星が集まってできています。

―― 銀河も進化するんですね。

そうなんです、銀河は進化するんです。ひとつの天体が姿形を変えていくことを「進化」と呼んでいます。銀河にも渦を巻いているようなものや、ラグビーボールのような楕円形など、様々な形があり、そういった銀河がどのように作られてきたのか、どうやって変化してきたのかを明らかにしようとしています。

―― どんな観測をしているんでしょうか?

天文学の特徴として、基本的には遠くを見れば見るほど、昔の宇宙の姿、昔の銀河の姿を観測することができます。これによって、過去を調べる事ができます。

―― どういうことでしょう?

光の速度には限界があります。そのため、地球にいる私たちが遠くの銀河を観測したとき、それは遙か昔に銀河から出た光が、長い年月をかけて私たちに届いた、と言う事になるんです。

例えば1億光年向こうの銀河を観測した場合、その銀河が1億年前に出した光を捉えたという事になります。こうして、遠い銀河を観測することで、より昔の銀河の情報を得ることができるようになるのです。

―― なるほど、面白いですね!

宇宙が生まれたとき、宇宙には素粒子ばかりで構造をもつものはなかったのですが、現在では多種多様な美しい銀河があります。宇宙の始まりから現在までの間に何があったのか、それを明らかにしたいと思っています。

このような銀河の「進化」が見えるようになったのには、望遠鏡技術の発達があります。最近では数十億年前の銀河は、現在とは少し変わった形をしていたということもよくわかってきました。

―― 遠くの銀河を観測するということでしたが、いまの人類が見ることができる限界値はどのくらいなんですか?

銀河という意味では、これまで確認されている中では134億年前の銀河を見ることができています。

宇宙から来た光ということでいえば、宇宙が生まれてから約38万年後に発せられた「宇宙マイクロ波背景放射」というものが観測されていますが、それ以前の光は私たちの目には届きません。加えて、宇宙誕生38万年後から数億年後までは、私たちが観測できるような明るい光を放つ天体がまだ多くなく、光を使って天体を見つけることは困難です。

そのため、可視光や近赤外線で見ることが可能な大きな銀河がようやくできた、宇宙誕生から4億年後の銀河を見ることが、現在の限界値になります。

ただ、この先10年ほどで、アメリカやヨーロッパなどがいくつも宇宙望遠鏡を打ち上げます。また、日本でも遠方銀河探査に適した宇宙望遠鏡計画を検討中です。これら宇宙望遠鏡によって、もっと昔の銀河がたくさん見つかると期待しています。

―― その中で菅原さんの研究はどういうものなのでしょうか?

僕の研究では、より詳細に銀河を調べようとしています。

これまでの研究では、可視・近赤外の望遠鏡を使って昔の銀河探しがされてきました。要は、すごく性能の良い望遠鏡を使って質の良い写真を撮ることで、新たな銀河を発見してきたのです。しかし、せっかく見つけた銀河がどんな性質を持っているのか、それを調べることが困難でした。

その突破口を開いたのが、アルマ望遠鏡という電波望遠鏡です。

Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), R. Hills (ALMA)

―― 可視光だと限界があったけれども、電波を観測することで、これまでわからなかったことを知ることができるということですね。電波というのは何なのでしょうか?

電磁波と言う言葉は聞いたことがあるかも知れませんが、電波は電磁波の中に含まれます。電磁波は、波長が長い側から電波、赤外線、可視光、紫外線、エックス線、ガンマ線と大まかに分けられます。

太陽は目で見えるので、可視光で光っています。ですが、基本的にはそれより長い電磁波は全て出しているので、太陽も電波を出しています。

それで言うと、人間も体温をサーモグラフィーで見られる様に赤外線を出しています。なので、人間も電波を出していることになりますね。

―― 人間も電波を出してるんですね! そんな電波をどうやってキャッチするのでしょうか?

基本的な原理はパラボラアンテナと同じで、宇宙からくる電波をアンテナを向けてキャッチします。

―― 遠くを見るとなると他の銀河などの障害物なども多くあると思いますが、狙った向きにしっかりと当てられるというのがスゴイですね! しかも地球も自転するので、オートフォーカスみたいなことをしなければいけないということですよね?

その通りです。アルマ望遠鏡が優れているのは、約50台のアンテナを使って、お互いのデータを組み合わせることで、ばらばらの望遠鏡としてではなく、50台全体でひとつの望遠鏡のように使うことができるのです。さらに地球も回転しているので、その動きも考慮して観測を行っています

―― 宇宙の研究というと壮大な感じがしますが、実はとても緻密な作業ですね

そうですね。天文学の技術面を支えている方々のすごいところですね。私はその方々が作ってくれた装置でとったデータを使わせてもらって、研究を行っています。

―― そもそも、その電波で何がわかるのでしょうか? 電波と銀河がどう繋がるのかがよくわかりません。

実は、実際は星そのものが出している電波を見ているわけではありません。星の出している電波は弱すぎて、あまり観測できないのです。実際に観測しているのは、銀河にある数ナノメートル(nm)〜数マイクロメートル(µm)のチリの出している電波なんです。

―― 宇宙という果てしなく大きな研究をしていると思っていたら、何十億光年先の銀河の、数nmやμm のチリを観測しているということに驚きました。チリからどんなことがわかるのでしょうか?

チリも銀河の中で大事な要素です。チリがあると、それらが星から来る光をさえぎってしまいます。これまで可視光や近赤外線の写真から、銀河の性質が調べられてきましたが、光がさえぎられてしまうと、可視光で見てきた銀河の姿が本当の姿ではない可能性が出てきます。可視光で見る事も大事ですが、チリが出す電波を見ることでお互いの情報を補填し合うことができます。

私自身も昔から銀河の主役は星だと思っていたのですが、銀河を調べるためにチリに着目することで、星を見たときには明らかにできない別の側面を見ることができると気付きました。

このチリというのは、炭素(原子番号6)やケイ素(原子番号14)などの元素の化合物です。それらが宇宙空間に散らばっているということは、どこかの星が核融合などでそれらの元素を作ったことがわかります。

観測では、電波の強さから銀河に含まれるチリの量を推測することができます。最近話題になっているのは、どうも130億年前の銀河は、これまで考えられいたよりもチリがずっと多いのではないかという、「チリ多すぎ問題」です。

―― チリが多いことは何を意味しているのでしょうか?

その問いに答えるのは難しいです。いろんな要因を考える必要があります。

130億年前の銀河の面白いところは、宇宙が始まってから数億年の間にその銀河が作られないといけないと言うタイムリミットがあることです。チリが多いということは、短い間にチリをたくさん作らなければなりません。

これまで考えられていたチリを作る経路に誤りがある可能性や、もしかするとこれまで知られていない新しいチリを作る経路がある可能性、もっと大きな視点で銀河の進化に対する理解を見直す可能性などが考えられます。

―― これまでの考えを覆す発見になるということですね

はい。しかし、もちろん観測やチリの量の推定方法に誤りがあると言うことも捨てきれません。そのため、もっとよく観測できる地球に近い星や銀河を観測して、遠くの銀河と比べることも大切です。

私たちは、今でも昔でも、宇宙全体がひと続きの理論で説明できるはずだという信念を持っています。そこに矛盾がある場合は、これまでの理解が間違っていると考えるわけです。

また私はガスについても調べています。ガスというのは水素や酸素や窒素などが含まれている気体のことです。ある条件になると、各原子やイオンがある決まった色の電波を出すことがわかっていて、それを観測しています。高校などの理科でやる、炎色反応のようなものです。

星の周りにあるガスを調べることで、銀河に含まれる物質がどのような状態にあるのか、どのくらいたくさんの星を作っているのか、どんな物質がどのくらいの量あるのか等を知ることができます。こうした情報から、銀河がどのように進化してきたのかを考えています。

最近出した論文では、130億年前の銀河が出す窒素の光をアルマ望遠鏡で観測した結果を報告しました。残念ながら窒素の光は検出できなかったのですが、そのことからこの銀河のガスの電離状態や、銀河に含まれる窒素と酸素の比について議論しました。

見える波長を全て使って、包括的に銀河の進化を明らかにしようとしています。

―― この研究をしていて、難しいと思うことは何でしょうか?

そうですね……逆に話を聞く側から見て、どこだと思いますか?(笑)

―― まさかの逆質問(笑) 思っていたよりも緻密なのと、大きい話なのに繊細、時系列の大きさがすごいなと思いました。

あー確かに、よく言われます。でも、そこは慣れましたね。そういうもんだと思っています。

―― 時間のスケール感でいうと、何年くらいから天文学として考える対象になるんでしょうか?

研究対象によって違うんですが、銀河の観測の人だと100万年が最小スケールくらいですね。100万年だと一瞬、速い現象だなという感覚です。生まれてから100万年を過ぎたあたりから大きな星が爆発し始めるんです。

―― それに数nmのチリをもとに宇宙という大きなものを見るのが難しいと思います。

そうですね。でも、スケールを大きく跨ぐのが宇宙の醍醐味だと思います。それから、見られるものが限られるということは難しい点です。遠くの銀河だと得られるデータは限られてしまいます。

望遠鏡計画などだと10〜20年単位の大プロジェクトですが、研究自体は1年2年単位で考えることも多いです。研究者となったからには、今の望遠鏡で何ができて何が限界なのか、次世代にはどんな物が必要となるのかということは考えていかないといけないと思っています。

正直、宇宙少年ではなかった。でもなぜだろう?と原理に興味があった

―― 宇宙は子供の頃から興味があったのでしょうか?

本当によく聞かれるのですが、宇宙への興味は「そこそこ」でした。正直、よくイメージされるような宇宙少年ではありませんでした。すごい宇宙が好きと言うことでもないし、星座を覚えていることもなかったですし、図鑑もほとんど見ていなかったです。

宇宙への興味は小さい積み重ねだったと思っています。

小さいときに親にキャンプに連れて行ってもらうことがあり、その時に星空を見るのは好きでしたが、星座を覚えたりといったことよりも、どうして星は光ってるのか、という原理のほうに興味があった記憶があります。

―― そこから本格的に天文学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

大きかったのは、高校生の頃にスティーヴン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』を読んだことだと思います。

正直、何が書いてあるのかわからず、なぜこの本がベストセラーになるのだろうと思ったのですが、そこにはブラックホール、中性子星、シュヴァルツシルト半径などの言葉が出てきていて、それが単純にかっこ良いなと思いました。

ずっと漠然と宇宙にあこがれがあって、たまたま高校の時に物理学が得意だったこともあり、これを突き詰めていけば宇宙物理学ができると考えました。

―― いろいろな道がある中で、研究者の道を選んだ理由はあったのでしょうか?

研究者になりたいというのはずっとありました。むしろ社会は怖い、就職して働くのが恐ろしいと思っていて(笑)、研究者になれるならなりたいと思っていたので、できるところまでやってみようと思っていました。

新しい事やワクワクを忘れない様にしている。これがなくなると良くないサイン

―― 研究をする上で大切にしている事はなにかありますか?

昔は真面目に色々考えていたのですが、最近はあまりありません(笑) ただ、楽しくやりたいとは思っています。

―― 具体的にはどんなことでしょうか?

研究はしんどいことも沢山あるし、単純作業をしなくはいけないことなど、楽したくてもできないこともあります。でも、なぜ研究をしているのかというと、ワクワクしているからなんです。

だから、新しい事やワクワクする気持ちを忘れない様にしています。これがなくなってくると、考えすぎていたり、落ち込みすぎているなどなど、良くないサインだと捉えるようにしています。

そういったときには、新しい手法を考えたり、変わったことをしたりして面白みを持とう思うようにしています。

―― それだけ精力的にできるのはなぜなんでしょうか?

全然何も知らなかった子供の頃と同じように「どうなっているんだろう、原理はなんだろう」と考えるのが好きだからでしょうか。また、高校や大学で知らないことを学んでいくことの奥深さや難しい問題を解いたときの達成感を味わい、その楽しさの延長で今でも続けられているのではないかと思います。

―― これまでの経験をもとに、現在のご自身のバロメーターになっているんですね。今回はありがとうございました。

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