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研究者インタビュー

田畑裕|空気から食料を生産する「人工光合成技術」の開発に挑む

世界の人口増加が続き、食料需要が急拡大する一方で、耕作可能面積を今後大幅に増やすことは困難であると考えられています。そこで食料問題が顕在化する事態に備えて、従来型の農業に頼らない食料生産を実現しようとする研究が活発に行われています。なかでも注目を集めている「人工光合成」は、植物が行っている光合成、すなわち二酸化炭素と水から糖を合成するプロセスを化学的に再現しようとする試みです。今回は、この人工光合成の研究に取り組んでいる大阪大学の田畑裕さんをご紹介します。

田畑 裕

大阪大学基礎工学研究科・物質創成専攻・中西研究室所属、博士後期課程在学中、二酸化炭素から糖を合成する人工光合成の研究に取り組んでいる(2022年8月現在)

まるでSFの世界!空気から食べ物を合成する研究の秘密

ーー 現在取り組んでいる研究の概要を教えてください。

二酸化炭素と水を原料にして糖を合成する、すなわち「空気から食べ物を作る」ことを究極のゴールとして研究を行っています。まるでSFの世界のように感じるかもしれませんが、この「二酸化炭素と水から糖を合成する」というプロセスは、今も現実世界で実際に行われています。

ーー え、そうなんですか? 具体的にはどこで行われているんでしょうか?

それは植物や微生物が行っている「光合成」です。よく知られているように、光合成によって水と空気中の二酸化炭素から糖が合成され、同時に酸素が放出されます。

ーー 光合成というと酸素を作っているイメージが強かったです。

無機物である二酸化炭素を、有機物である糖に変換するのも光合成の重要な役割です。実は世の中に存在している食べ物のほとんどは、そのおおもとを辿ると光合成に行き着きます。

農業はもちろん、家畜を育てる時には飼料としてトウモロコシが使われています。近年、環境負荷が低いタンパク源として、昆虫食や培養肉が注目されていますが、昆虫の飼育にも餌として植物が必要だったり、筋肉組織の培養に糖類が必要だったりと、結局は何らかの形で光合成産物に頼ることになります。

ーー なるほど、私たちの食べ物を生産するには、光合成が欠かせないわけですね。

そうです。この光合成という生物的プロセスに依存している食料生産を、化学的に行えるようにしようというのが、私が取り組んでいる研究です。

今後、地球上の人口がどんどん増えたり、発展途上国の人々の食が欧米化していったりすると、世界の食料需給は逼迫していきます。そんな中で、食料生産を従来型の農業に頼ってばかりでいいのか? これだけ科学が発展してきたのに、なぜ食べ物を化学的に合成していないのか? そういった課題感を持ちながら研究に取り組んでいます。

ーー 「食べ物を合成する」というのは、本当にSFのような世界ですね。田畑さんはどのような未来をイメージされていますか?

「二酸化炭素から作ったジュースを飲んで栄養を摂取する」という世界を想像しています。ちょっとディストピア感があるかもしれませんが(笑)味は色々な化学調味料で整えられますし、要はゼリー飲料のようなものですね。

ーー 個人的には、もうちょっと華やかな食事がいいなと思ってしまいます(笑)

仮に二酸化炭素ジュースが普及したとしても、「娯楽としての食」はずっと存続すると思っています。今は「毎食きちんとした食事をとる」という人が多いと思いますが、1日の中で1食はゼリー飲料でもOKという人も出てきています。その割合がどんどん増えていって、基本はゼリー飲料でエネルギーと栄養を補給して、時々豪勢な外食に出かける、という世界になるのではないかなと。たまに遊園地にいくみたいな感覚で、外食にいく世界感ですね。

ーー なるほど、面白い未来予想図ですね! その世界を実現するための田畑さんの研究について、もう少し詳しく教えていただけますか?

二酸化炭素から糖を合成するプロセスは、2段階に分けて考えることができます。1段階目は二酸化炭素から電気化学的にホルムアルデヒドという物質を作るプロセス、2段階目がホルムアルデヒドから触媒合成的に糖を作るプロセスです。

ーー まずは1段階目のプロセスについてもう少し教えていただけますか?

ホルムアルデヒドは1つの炭素に2つの水素と1つの酸素が結合した化学物質です。これを電気化学的な還元反応で作ります。水溶液に電極をさして、電気を流すことにより反応を進行させます。

ーー 理科の実験でやった水の電気分解のようなものでしょうか?

そうです。ホルムアルデヒド生成の場合は、二酸化炭素が電極上で還元反応を起こしています。

ーー 2段階目のプロセスは触媒合成的なものとのことですが、こちらはどういった反応でしょうか。

触媒合成は水溶液に触媒と呼ばれる化学反応を促進する物質を入れ、熱をかけてかき混ぜることで反応を進行させます。フラスコに材料を入れて攪拌するイメージです。

ーー パッと想像するような化学実験ですね。触媒によって反応が促進されるのはどういった原理なんでしょうか?

化学反応、つまり物質と物質がくっつくためにはエネルギーが必要です。2つの物体の凸凹をガチャっとくっつける時に、グッと力(=エネルギー)をかける場合を考えます。そこで触媒を使うと、凸凹がはまりやすい位置関係に2つの物体の配置を整えてくれるため、より少ないエネルギーでくっつけることができる、といった感じです。

ーー なるほど、よくわかりました! 田畑さんはこの2つのプロセスについて研究されているんでしょうか?

直近の研究テーマは2段階目のプロセスについてで、正式にはホルモース反応といいます。ゴールである糖は炭素が6つ繋がった構造をしているので、単純に考えるとホルムアルデヒドが6個結合する必要があります。ただ実際の反応過程ではホルムアルデヒドがガチャガチャと順番に6個繋がっていくわけではありません。

2個、3個、4個と結合した後に炭素2個の物質に分裂する反応が起こり、それが繰り返されて小分子がたくさん形成します。その後糖が生成する反応が一気に進行します。実際の反応では、ホルムアルデヒド同士の結合は起こりにくいので、炭素2個の物質を開始剤として少量加えることで反応を促進します。

ーー 何となくですが、不思議な反応ですね。

はい。実際、反応が進む過程の数学な解析を行っている研究グループもあります。またそれだけでなく、ホルモース反応は「Origin of Life」つまり「生命の起源」となった反応であるとも考えられており、そういった観点からも研究が行われています。

ーー 生命の誕生にホルモース反応が関わっているということでしょうか?

いくつか仮説があるのですが、最も有力な反応の一つだと言われています。実際ホルモース反応の結果生成される糖の一部には、遺伝子やDNAに関連するリボースという物質が含まれます。このような理由から、原始的な地球の環境を再現し、ホルモース反応によって生み出される有機物を調べる研究も行われています。

ーー なるほど、色々な観点で興味深い研究ですね! この研究を進める上で、チャレンジングなのはどのような点でしょうか?

先ほども説明したように、ホルモース反応では様々な数の炭素鎖を持つ物質が生成されます。また反応が進行する中で、糖以外の物質も生じてしまいます。最終的に得たいのは糖だけなので、いかに他の物質を作らずに綺麗な糖を作るかというのが難しい点です。

ホルモース反応はアルカリ性の状態で反応させるのが一般的ですが、その条件下では各物質が不安定な状態になりやすく、それ故に望ましくない副反応も起こってしまいます。そこで私は、副反応の抑制が可能な中性条件下でもこの反応を起こせるような触媒を作ることを目指しています。

ーー 効率よく糖を作れる条件を見つけることが、食料の化学的合成につながるわけですね! よくわかりました!

化学反応の中に見出される芸術性への興味が研究のモチベーションに

ーー 田畑さんが研究者を志そうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

実は、研究者になろうという強い想いはそもそも持っていません。今取り組んでいる研究が楽しいから研究をやっている、という感じです。

ーー なるほど、そうなんですね! 研究自体が楽しいとのことですが、その研究を通して実現したいことはありますか?

好きなもの同士が、将来融合してくれればいいなと思っています。具体的には、非線形科学と芸術です。

ーー 非線形科学と芸術の融合……それはどういうことでしょうか?

線形性というのは、ある入力に対して常に一定の出力を返すような性質のことで、比例関係がわかりやすい例です。それに対して非線形性というのは、入力に対する出力が一定ではない、つまり将来の動きや挙動が直感に反する性質のことを指します。

先ほど、ホルモース反応は「単純に炭素が順番に繋がっていく反応ではなく、小分子がたくさんできた後に糖への反応が一気に進む」と説明しましたが、これも反応の持つ非線形性によって起こる現象です。

ーー 芸術との関係性はどう理解すれば良いでしょうか?

系の非線形性が強くなると、カオス、つまりある法則に従っていながら将来の挙動が原理的に予測不可能な状態になります。

カオス理論は、従来の決定論的な考え方を根本的に覆す意味で、哲学を含むあらゆる学問分野に大きな影響を与えました。こと芸術の分野においても、非線形性の生み出すパターンが芸術作品の題材として扱われる例は多々あります。投げやりな例ですが、非線形方程式の代表例であるローレンツ方程式の解の軌跡に、芸術的な雰囲気を見出す人は少なくないのではないでしょうか。

ローレンツ方程式の解の軌跡

今自分の中にある一見それぞれが無関係な関心事(化学、芸術)が、非線形的な数理構造の探求を通じて将来融合してくれると、私としては面白いことが起こるかなと想像しています。

ーー なるほど、ご自身の興味と研究が関連しているわけですね。その他に研究を進める上で大切にしていることはなんでしょうか?

義務と興味のバランスをとることを心がけています。社会の役に立たないけれど面白い研究もやりたいと思う一方で、役に立つ研究をやることの意義や重要性も感じています。難しいことですが、今はその2つのバランスを取るように意識しながら研究を進めています。

ーー 研究を進めていく上で、モチベーションになることを教えてください。

何かしら想定外の結果が出た時です。それが明確な成果につながるかはもちろん別問題ですが……ただ予想とは違う結果を考察することで新しい発見があって、それが次のステップに進む原動力になっています。

ーー 逆に、研究を進める上で難しいと思うことはありますか?

研究以外にやらないといけないことが多いことでしょうか。大学の先生を見ていると、与えられた時間の中でどれくらい研究をできているのか、研究以外の時間に取られている時間が圧倒的に多いんじゃないかと感じてしまいます。その原因も根本的には国に十分な予算がないことに尽きるのかもしれません。

目指す世界は「空気を食べながら生活する未来」

ーー 田畑さんの研究の今後の展望について教えてください。

いつになるかわからないですが、二酸化炭素から化学合成的に食べ物を生成するシステムを社会に普及させて、みんなが背負ったリュックから糖類を吸いながら生活する世界を実現したいと考えています。とはいえ、自分はまだ博士過程の途中の学生なので、まずはきちんと3年間、研究をやり続けるべきだと思っています。

ーー 今後のご活躍を期待しています! 本日はありがとうございました!

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