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研究者インタビュー

上春浩貴|米国で新生児の先天性遺伝子疾患のメカニズムを探る

日本とは違う文化を持つ海外の国で研究する研究者にとって、日本とは違った研究の進め方や考え方に直面することもあるようです。

今回はアメリカのミシガン州にあるミシガン大学の歯学部で新生児の先天性疾患について研究を行う上春浩貴さんに、ご自身がやっている研究の話とともに、アメリカでの研究生活についても語って頂きました。

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上春浩貴

ミシガン大学歯学部 ポストドクター

明治大学農学部生命科学科 卒業
明治大学大学院農学研究科博士課程前/後期 修了
日本学術振興会特別研究員DC1 (2015年-2018年)
2018年より現職

新生児を救え! 頭蓋骨が作られるメカニズムから顔面形成異常の原因を探る

—— まずは簡単に研究について教えてください。

私は「頭蓋骨異形成症(とうがいこついけいせいしょう)」と呼ばれる、新生児に起こる病気の原因を研究しています。

実は新生児のうち3%は「先天性遺伝子疾患」という、遺伝子を原因とした病気を生まれながらに持っていることが知られています。そしてそのうち3人に1人、つまり新生児全体の100人に1人が「顔面形成異常」という病を持って生まれてきます。

私が研究している頭蓋骨異形成症というのは、この顔面形成異常の大きな原因となっています。

—— 意外なほど多くの赤ちゃんに起こってしまうのですね。人ごとだとは思えません。もし顔面形成異常になってしまった場合、どうなるのでしょうか?

生まれつき先天性遺伝子疾患を持っている方や、生後に後天的な骨形成異常が発生した方でも、問題なく生活していらっしゃる方は大勢います。しかし一方で、顔面形成異常の場合は、生命の存続に大きく影響します。なぜなら顔面にはたくさんの器官があるからです。

例えば、目、鼻、耳がわかりやすいですが、それ以外に脳や皮膚、骨などもあります。発生のプロセスでそれぞれが上手く作られたとしても、その場所がずれてしまうだけで生命存続が難しくなります。こういった場合、お腹の中で亡くなってしまったり、生まれてすぐに亡くなってしまうこともあります。

—— 顔面形成異常や頭蓋骨異形成症は、どうしておこってしまうのでしょうか?

主な理由として「骨形成異常」が知られています。頭蓋骨異形成症の一つである「頭蓋骨縫合線早期癒合症」を例にお話しましょう。

赤ちゃんの頭蓋骨は、お母さんから生まれてくるときに膣道を通過しやすくするため、また脳の成長に応じて頭を大きくするために、繋がっていません。

しかしこの病気の場合は、通常よりも早期に頭蓋骨が繋がってしまってしまいます。そうなると脳の成長に頭蓋骨が耐えられず、余裕のある方向に脳が発達してしまい、頭の形がゆがんでしまったり、脳の発達が妨げらることで精神発達障害などになったりします。

—— 現在、治療法はないのでしょうか?

早期にくっついてしまった骨を外科的に取り除くという方法が、現在ある唯一の手段です。しかし、0〜4歳の間に複数回手術をする必要があり、患者のクオリティオブライフの低下や、金銭的な負担が問題になっています。

そこで私は、この頭蓋骨の癒合がなぜ起こってしまうのかというメカニズムを明らかにする事で、治療薬の開発などに役立てたいと考えています。

—— 具体的にはメカニズムはどの程度分かっているのでしょうか?

重要になるのは「骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Proteins, BMP)」です。このタンパク質が受容体と呼ばれるセンサーと結合する事で、骨形成に関わる遺伝子に働きかけます。

私は、頭蓋骨早期癒合症は頭蓋骨の骨形成が過剰である事が原因なのではないかと考えており、そのことが明らかになれば、この働きを止めることで治療ができるのではないかと考えています。

—— 私たちが健康でいられるのに、骨形成タンパク質が重要な働きをしている事がよく分かりました。研究はどのような方法で行っているのでしょうか?

いくつかの方法があるのですが、まず一つ目は「網羅的遺伝子発現解析」という方法です。これは、ある条件の時にどのような遺伝子が働いているのかを大量に見る方法です。

私の場合は、頭蓋骨縫合線早期癒合症の症状をもつマウスにおいて、どのような遺伝子が働いているのかを調べています。また、そこでわかった遺伝子がどのように働いているのかをPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を用いて調べています。

そして、明らかになった遺伝子の働きを薬剤によって止めることで、症状にどんな影響がでるのか実験しています。

—— その原因となる遺伝子が何なのか、分かってきているのでしょうか?

はい。これまでも多くの研究が科学論文として発表されてきていますし、私が今進めている研究でも原因となる新規遺伝子が明らかになってきています。

研究で分かっていないことは多いのに、誰もが知らず知らずにやっていることが面白い

—— 生物の研究の醍醐味は何ですか?

こうやって話している間にも、私たちのからだの中では、骨が作られたり壊れたり、多くの事が起こっています。でも、どんなことが体内で起こっているか、未だに人類はまだまだ理解できていません。

世界中のだれもが意識せずにやっていることなのに、研究者たちがそれを未だに説明することができないということが、不思議でしかたないと思っています。

—— 確かに言われてみればその通りですね。無意識下で私たちの知らないことが、からだの中で起こっているというのは好奇心をくすぐられますね。そのように思ったきっかけはあったのですか?

高校の時にある先生が「日常生活の何が分かってて何が分かっていないかすらわかっていないんだ」という話しをしているのを聞いて、誰もが変わらず無意識でやっていることのなかに、これまで天才と呼ばれるような人達が必死に頑張って研究してきたのにまだ分かっていないことがたくさんある、ということをとても面白いと思いました。その思いがいまでも、私の研究者としての動力源となっています。

研究者にとっての日米の違いと「日本のアドバンテージ」とは

—— 海外で研究をしていらっしゃいますが、日本で研究していたときと違いはありますか?

まずは、研究は楽しいですね(笑) これは日本でもアメリカでも同じですが(笑)

あえて違う点といえば、アメリカ人はガチガチに研究全体の流れを作ります。例えば研究費の申請書では、日本だと「よりわかりやすく!」という面に力を入れると思いますが、アメリカでは、どの様な研究をどの実験方法/試薬・濃度を使ってどこまで明らかにするのか、それに必要なマウスの数は何匹か、統計はどうするのか、裏付けるデータや論文はあるのか、といったことを綿密に書き込むことで、革新的でありつつ達成可能であることをアピールします。

私の研究は網羅的遺伝子解析によって予想外のものを見つけてしまい、道を少し外れてしまいましたが(笑)、でも結果が予想外であればあるほど、革新的で楽しいものですよね!

—— 研究が楽しい!とおっしゃるのが印象的ですが、逆に難しいと思うことはありますか?

研究職だけでなく他の業界もそうだと思いますが、最近はテクノロジーが進化してきて、いままで見えなかった部分がどんどん見えるようになってきています。どちらかというと、研究者側の知識やパワーが足りていない状態です。でも、だからこそ「爪痕」が残せると思っています。

—— 日本の科学が危ない、という話をよく聞きますが、そのあたりはどうお考えですか?

アメリカに来て思うのは、大きな革新的な研究を行うことに対する国や企業からのサポートがとても大きいです。さらに日本と比べて圧倒的に試薬は安いし、研究に使う物品についてもアメリカで作っているものが多いので、必要なものがすぐ来ます。そういったアドバンテージがアメリカには沢山あります。

しかし、そんな圧倒的に弱い立場にも関わらず、日本の研究者は今のサイエンスに食い下がっていけていると思っています。

—— なるほど、希望はある、と言う事ですね。どのあたりに余地があるんでしょうか?

アメリカでの研究は、よりヒューマンヘルスに気を遣います。国立衛生研究所からの出資ということも大きく影響しています。また、アメリカの研究の進め方・考え方は、少し大雑把な部分があります。

日本人は、より詳細な機序を解明する傾向にあると思います。例えば、先行研究で間が抜けている所を明確にするなど、いろいろ入りこむ隙があると考えています。その隙を上手く使えば、日本からでも新しい事はたくさん出てくるし、その中から海外よりも先に進められることが出てくる可能性もたくさんあります。

—— ぜひ、頑張ってください! 今日はありがとうございました!

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