丸岡毅|昆虫と植物の掛け合わせで作られる「虫秘茶(ちゅうひちゃ)」開発者
巷で話題の昆虫食。幼虫や蛹が一般的とされているが、成虫や卵も対象となる。今回紹介するのは、昆虫と植物の掛け合わせから「虫秘茶(ちゅうひちゃ)」を生み出した研究者・丸岡毅さんだ。
特許を申請中で、現在クラウドファンディングで販売を開始している。未知数な昆虫と植物の関係性や、「虫秘茶」誕生の秘話について話を聞いた。
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《京大研究者が発見--素材は虫の“糞”!?「虫秘茶」を全国に広めたい!》(CAMPFIRE)
丸岡 毅
Maruoka tsuyoshi
京都大学大学院農学研究科博士課程。修士在学中、昆虫愛(主にガ類)に目覚める。それから毎昼・毎夜のように“ガ”を探す日々が始まり、生活が虫一色に。ほどなくしてガの幼虫のフンが美味しいお茶となることを発見し、これまでに60種類以上の昆虫のフンを試飲。このお茶を「虫秘茶」と名付け事業化に取り組むと同時に、大学でもガの幼虫のフンについて本格的に研究を始める。推しイモはマイマイガ、推し蛾(成虫)はウスタビガのお尻。
まだまだ未知数な昆虫と植物の関係性について探る
ーー まずは研究内容について教えてください。
現在、化学生態学を扱う研究室に所属していて、いまは昆虫の糞について研究しています。以前は、植物・イモムシ・寄生蜂の三者間相互作用について研究していました。
トウモロコシやナス科などのいくつかの種類の植物は、イモムシに食べられるとその唾液成分を認識して食害を感知します。植物は食害に応答して独特な匂いを出し、それを嗅ぎつけた寄生蜂が飛んできてイモムシに卵を産み付けます。
一見すると、植物が寄生蜂をつかってイモムシを撃退しているともみえる現象です。イモムシは自分の唾液成分のせいで蜂に見つかりやすくなってしまう訳なので、唾液成分を作らなければいいのではないかと思うのですが、むしろ唾液成分を積極的に作っていることがわかっています。
そこでそれはなぜなのか、イモムシにどういう意義があるのかということを研究していました。
ーーということは、昆虫が持っている唾液成分は生きていく上で重要なものということですか?
はい。そのように考えられています。唾液成分はアミノ酸と脂肪酸がくっついたもので、昆虫の体の中で酵素による合成と分解で制御されていることがわかっています。
昆虫の窒素代謝の効率化に関わっているのではないかという仮説のもと、修士の研究では唾液成分を分解する酵素を決め、ゲノム編集でその酵素をノックアウトすると昆虫の生育速度が落ちることを明らかにしました。
ーー 昆虫は食べたものを吸収しづらくなるということですか?
昆虫は餌を食べると、体内で餌由来の脂肪酸と腸管組織のアミノ酸をくっつけて、腸管の中に出します。そうすることで腸管組織のアミノ酸濃度が下がります。それにより、体内ではアミノ酸を作る反応が進行し、窒素代謝の律速を無くすと考えられています。
その後、酵素により再度分解し、アミノ酸と脂肪酸それぞれを再吸収するのでロスがありません。ゲノム編集により分解酵素をノックアウトすると、アミノ酸や脂肪酸を再吸収することができなくなります。その結果、生育速度が遅くなったと考えています。
一方で合成酵素をノックアウトするとどうなるのかを見たいのですが、その酵素はまだ特定できていません。
ーー その仕組みは、特定の昆虫がもつ特有の仕組みなんですか?
種によってまちまちですが、様々な分類群の昆虫が持っています。
例えば、蛾の仲間である鱗翅目は多くの種がその仕組みを持っている事がわかっています。また、一部のコオロギもよく似た仕組みを持っていることがわかっています。ただ、コオロギと鱗翅目は、系統発生的ではなく収斂的に、似た仕組みをそれぞれ獲得したと考えられています。
ーー わたしも植物が食害をうけることで天敵を呼び寄せるという話はきいたことがありますが、実はそのあたりはまだまだわからない事も多いんですね。
植物側で起きていることはよく研究されています。ただ、昆虫の唾液成分の意義などはわかっていない部分も多いです。
ーー その研究に興味を持った理由や、面白いと思ったきっかけがあったのですか?
正直なんとなくでした。
研究室に配属されるタイミングでは、分野についてあまり詳しくなく、この研究がしたいといった意欲が特別強かったわけではありませんでした。研究テーマについても、先輩から引き継げるいくつかのテーマの中から選びました。
やれば結果で応えてくれると感じたあたりから、研究も面白いなと感じ始めました。
ーー どんなときに感じたんですか?
虫は生き物なので、個体や日によって微妙なコンディションが変わりやすいです。
例えば、ゲノム編集をした昆虫としていない昆虫を用意し、同じ環境や餌の条件で生育を測ったことがあります。初めはきれいなデータを取ることに苦戦していたのですが、きちんと最初のタイミングで0.1mg単位で全個体の体重を合わせることで、きれいに生育差が出ました。
きちんと丁寧にやれば、その分結果が返ってくることに、面白さとやりがいを感じます。
ーー 昆虫は小さいと思うので、体重測定で変化を見るのも大変そうですね。どのくらい差がでるものなんでしょう。
実験で使っていた昆虫は、一番大きいときで大きさは小指サイズ、体重にすると1g程度になります。そのタイミングで、3割くらい体重が減少していました。体長などの見た目には、意外とそれほど変化がありませんでした。
ーー 反対にたくさん酵素を作ることで変化があったりするのでしょうか。
やったことはないですが、イモムシは消化器官が単純で栄養の吸収率があまりよくなさそうなので、たくさん酵素を作ることで効率的な栄養吸収ができるようになり、もっと生育速度が速くなったり、大きくなったりといったこともあるかも知れません。
ーー そういったことがあると、昆虫食などの研究にも活きるかも知れませんね。
昆虫と植物の掛け合わせで作られる「虫秘茶(ちゅうひちゃ)」
ーー 昆虫の糞でお茶を作るに至った経緯を教えてください。
僕と同じ研究室に、蝶や蛾が好きで詳しい先輩がいたんです。その先輩はりんごとその害虫に関する研究をしていて、農園での実験から帰ってきたときに、お土産だと言って果樹園の近くにいたマイマイガの幼虫を50匹くらいくれたんです。
めちゃくちゃいらなくて、正直どうしようと困りました(笑)。でも先輩から貰ったものですし、害虫ということもあって、その辺に放すわけにもいきませんでした。
とりあえずお世話をすることにし、近くにある桜の葉っぱをちぎってあげていました。するとある日、飼育カゴに溜まった糞を掃除している時に、ブワッと桜の良い香りがしたんです。糞が水に滲むと赤茶色になっていたこともヒントになり、これはお茶だ!とピンときました。
ーー 初めて試飲するとき、抵抗はなかったのですか?
全く抵抗はありませんでした。ちょうど昆虫食に興味があった頃で、普段からそのあたりの昆虫を捕まえて食べてみたりしていました。なんでも食べるのが習慣になっていたのがよかったです。
初めてお湯を注いでみた時は、桜の香りと赤茶色の見た目にすごく期待感が高まったのを覚えています。飲んでみるとしっかりと旨味を感じました。
ーー そこで今回クラウドファンディングに挑戦しようと思ったのですね!
幼虫に桜以外の植物をあげてみると、全く違う風味になり、それでいて美味しいことから、昆虫の糞に可能性を感じました。それで、いろんな虫や植物を掛け合わせてみて、美味しいものとそうでもないものが段々わかっていきました。
調べてみると、中国の一部の地域では虫の糞をお茶として飲む文化が既にあったそうです。日本でも蚕の糞をお茶として飲む文化があるとわかりました。
ただ、中国のものも昆虫と植物がかなり限られているようで、これだけ多くの植物と昆虫で試したのは聞いたことがありません。また中国のものは嗜好品というより漢方としての意味合いが強いそうです。
昆虫の糞が美味しいお茶になるとわかっても、当時はそこまで本気ではなく、大学生協などで販売してみて楽しい思い出になれば良いかな、くらいに思っていました。
でも、とりあえず特許は取っておこうかなと考えはじめたんです。ですが、特許を取るのも何十万単位でお金がかかることを知り、事業化するかもわからない状態で払える金額ではないと思いました。
そこで、逆に誰にも特許をとられないようメディアで発信してしまおうと、新聞に取り上げていただいたところ、大きな反響がありました。
また、人との繋がりから料理の専門家に虫の糞を飲んでもらう機会があり、お茶として高く評価していただきました。それをきっかけに、きちんと事業化しようと思いました。それから「虫秘茶」という名前をつけたというわけです。
ーー 身近な人に知ってほしいという想いからどんどん広がり、注目されるようになったのですね。
2022年4月ごろから事業化に向けて動いていく中で、沢山の人に助けていただきました。人との繋がりが広がっていくのを感じた1年でした。
ーー 虫秘茶は、通常のお茶で行われている発酵を、昆虫のお腹の中でしていると考えられているのですよね?
そのように考えています。
昆虫が咀嚼することで葉っぱが砕かれ、葉っぱ由来のタンパク質と酵素が触れ合うことで発酵が起こっていると考えています。さらに昆虫自身が持っている消化酵素や、腸内細菌も発酵に関わっているのではないかと考えています。
ーー 腸内細菌も関わってくると、バリエーションも増えそうですね。虫の中の腸内細菌についてはどのくらい知られているんでしょうか。
まだまだ研究が進んでいない領域で、わかっていないことも多いです。
発酵に腸内細菌が関わるか、簡単な試験をしてみたことがあります。産まれた時から人工的な餌で育てた蚕と、野外の桑の葉で育てた蚕を用意し、半日ほど絶食させてから同時に野外の桑の葉を食べさせました。その結果、糞から淹れたお茶の味が全く違いました。
人工的な餌を食べて育った蚕の糞は青臭く、あまり発酵が進んでいないように感じたので、昆虫の腸内細菌も発酵にある程度関わっているのだと思います。
ーー お茶を作るのに昆虫の糞はどのくらい必要なのですか?
おおよそ糞1.5gあたり200ccのお湯で淹れるとちょうどよいです。4煎くらいは十分に出ます。
例えば、体長1.5cm程のイラガという毛虫を400匹ほど飼育していた時は、十分な量の葉っぱを与えた場合、次の日には20〜30杯分くらいの糞が落ちています。今回のクラウドファンディングにも出しているのですが、オオミズアオだともっと大きい糞を出すので、一匹あたりで更に沢山のお茶が出来ます。
作るのが簡単かというと、そういうわけではないんです。昆虫が病気になってはいけないので毎日お世話をする必要があります。毎日糞を取り除く作業が必要ですし、もし病気になった個体がいれば蔓延しないよう、見つけ次第周囲の葉っぱごと除去しなければいけません。昆虫の餌である葉っぱが少なくなれば補充したりと、手間が結構かかります。
ーー これまで何種類のお茶を作ったのでしょうか?
昆虫が40種類、植物が20種類、それぞれの掛け合わせで計70種類ほど作りました。今回のクラウドファンディングで出しているのは、味が美味しくて量も多くとれたサクラ×イラガとクリ×オオミズアオという掛け合わせです。
ーー 実際に取ってきた糞をどのようにお茶にしているんでしょうか?
作り方としては、回収した糞を定温乾燥機に入れて、しっかりと乾燥させています。
ーー ちなみにこれまで試した中で、一番美味しいと思った掛け合わせはなんですか?
一番美味しいと思った掛け合わせはヤブガラシ×スズメガです。すっきりしたウーロン茶のような味で美味しく、ゴールド色に光り輝きます。自信作なので、来年には販売できればと思っています。
また、りんごの葉っぱを掛け合わせた虫秘茶も注目しています。すごく甘く面白い味わいで、飲んだあとに甘さがすっきり流れていくのが特徴です。
ーー この商品をきっかけにして、どんなことが起こったら良いと思いますか?
虫秘茶を飲むことが色々と考えるきっかけになれば良いなと思っています。どんな虫や植物からできているんだろうだとか、なぜ虫の糞が美味しくなるのかなど。多くの方って普段、虫のこととか考えてみることがあまりないと思うので。
先輩の影響で苦手だった昆虫の魅力に気づいた。
今度は自分がきっかけを与える側になりたい。
ーー もともと子どもの頃から昆虫が好きだったのですか?
いえ、そんなことはなく、昔から特にイモムシはすごく苦手でした。ですが、虫の研究をすることになり、どうしても世話が必要なため、だんだんと慣れていき、意外と可愛い部分があるんだと気づき始めました。
ちょうどそのあたりのタイミングで、先輩のごり押しの影響もあり、どんどん昆虫の世界に引きずり込まれた感じです。今はすごく昆虫が好きになり、よく虫取りに行きますし、虫の可愛い瞬間を写真に撮ることも好きです。今では、その辺で虫を見かけるとラッキーとさえ思うようになりました。
研究室では飼育スペースが足りず、虫を育てるために広い家に引っ越して、自宅でも育てるようになりました。エアコンを付けたり、タイマー付きの照明を買ったり必要なものは一式揃えました。
ーー 数年でそんなに変化があったのですね! 昆虫のどこに魅力を感じますか?
まず顔が可愛いです。蛾の成虫をよく見てみると、つぶらな瞳をしていてすごく可愛い顔をしています。
イモムシも、歩くにしても食べるにしても、一所懸命生きているというところが愛らしいです。突っついたりすると嫌そうにしたり、お腹をふにふにするとモゾモゾして糞を出しちゃう姿も可愛いです。
ーー ずっとサイエンスに興味があったのですか?
小さい頃は、なんとなくですが環境問題に興味がありました。高校の授業では生物が一番好きだったので、農学部に進みました。ずっとなんとなくで選んだ道だったのですが、全てが今に繋がっているなと感じます。
ーー 研究や事業を行う上で大切にしていることはありますか?
「はい」か「いいえ」で迷ったら、「はい」を選ぶようにしています。
これまで、とりあえずやってみたこと、チャレンジしてみたことが繋がって今良い方向に進んでいるという実感があります。先輩が昆虫を持ってきた時、「やめてください」と断ることもできましたが、とりあえず受け入れたことも今に繋がっています。
これまでの人生を振り返っても、「めんどくさい」「やらない」という選択がいくつかあったらもう今の自分はないと思います。
ーー今後の展望について教えてください。
クラウドファンディングで沢山の方にご支援いただいていることを一つの実績として、本格的に事業化し、様々なことに挑戦していきたいと思っています。
例えば、地方に眠る自然資源の活用です。これまで見過ごされてきたような昆虫や植物などの自然資源を活かして、いろいろな虫秘茶を作りたいと考えています。地方特有の資源から新たな特産虫秘茶が生まれれば面白いなと思います。
昔の自分のように昆虫が苦手な人にも、お茶の美味しさを通して昆虫や糞に興味を持ってもらえれば嬉しいです。
ーーこれまでの経験から、今後はご自身が虫秘茶を通して昆虫の魅力を発信していくのですね。今回はありがとうございました。
参考文献
・Turlings T.C.J. et al. Exploitation of herbivore-induced plant odors by host-seeking parasitic wasps. Science, (1990) 250: 1251-1253
・Yoshinaga N. et al. Active role of fatty acid amino acid conjugates in nitrogen metabolism in Spodoptera litura larvae. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2008) 105:18058-18063
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