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研究者インタビュー

農業×AIの掛け合わせで世界規模の食糧危機に挑む研究者

家にいながら畑の土の湿り気が把握でき、衛星が作物の生育状況を網羅的に把握してくれ、環境に合わせて適切な水と肥料が自動で投入される、そんな”スマート”な農業がもうすぐ実現されようとしています。

作物を育てるには、畑に供給する水と肥料の量を適切に管理することが重要ですが、農業の現場では経験と勘にもとづいた「属人的な」意思決定で運用されていることがほとんどです。今回は、最先端の観測機器とAIを駆使して「勘と経験に依存した農業からの脱却と農作業の完全自動化」を目指す日本電気株式会社の菊池さんにお話を伺いました。

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菊池 裕介

日本電気株式会社
AgriTech事業開発室
主任

専門領域は、植物・微生物の遺伝子データ解析、機械学習、リモートセンシングなど。経産省主催イノベーター養成プログラム「始動」2019年度シリコンバレー派遣メンバ。

誰もが簡単に・安定的に・高品質の作物を育てられる世界の実現を目指して

ーー 現在取り組んでいる研究について教えてください。

熟練農家さんの栽培ノウハウ、具体的には「水と肥料をやるタイミングと量の意思決定ポリシー」を数理モデル化するための研究に取り組んでいます。このモデルを活用することで、栽培の経験や巧拙によらず、誰もが・簡単に・安定的に・高品質の作物を育てられる世界を実現することが究極の目標です。現在は、水と肥料の管理システムが広く導入されている欧州の加工用トマト農家を中心に実証実験を行っています。

ーー 海外での取り組みなんですね! 欧米の農業というと、日本よりも規模が格段に大きいイメージがあります。

そうですね。私たちがお付き合いしているポルトガルの農家さんは100 ha以上の畑を管理している方がほとんどです。中には400 ha以上の畑を持っている方もいます。日本の畑作農家一戸あたりの平均耕地面積が1〜2 haなので、その規模の大きさがわかると思います。

加工用トマトの苗の植え付けの様子

ーー 他にどんな違いがあるんでしょうか?

雨がほとんど降らないのが日本との一番の違いだと思います。ネガティブに捉えると「乾燥して農業に適さない土地」なのですが、逆に「病原菌やバクテリアの発生原因となる過湿状態になりにくい土地」とも言えます。この乾燥した土地に適度な量の水を送り込むために、現地では高度な灌漑(かんがい)設備を活用しています。

ーー それはどのようなものなんでしょうか?

水を作物、特に根の周辺に送り届けるためのチューブと、そこに水を流すためのポンプが各畑に設置されています。チューブには穴が空いていて、そこから水が滲み出るイメージですね。水に肥料や農薬を溶かして作物に供給することもできるんです。

灌漑チューブから水が滲み出ている様子

ーー いろいろなことがその設備で実現できるんですね! 日本ではまだ普及していないんでしょうか?

日本でもハウス栽培では同様の設備が使われていることが多いと思います。一方、露地栽培(屋外での栽培)では、雨だけで十分な水を供給できてしまうので、わざわざ灌漑設備を利用する農家さんはほとんどいません。

ーー なるほど。その地域に適したやり方が採用されているわけですね。

データと機械学習を活用して熟練農家のノウハウをモデル化する

ーー 菊池さんの研究は、この水と肥料の管理に関わるものでしたよね?

そうです。適切な量の水がきちんと供給されないとトマトの生育が悪くなってしまう一方で、過剰な水は病害の発生させてしまいます。その時の土・作物・天気の状況に合わせて、供給する水の量をこまめに変えてやる必要があるんです。

ーー すごく難しそうですね…

日本ではよく「水やり10年」と言われます。それくらい経験しないと一人前にはなれない、ということですね。この「10年」という時間を極限まで短縮するために、「熟練農家の意思決定ポリシーのモデル化」の研究に取り組んでいます。

ーー 「モデル化」がどういうものなのかをもう少し教えていただけますか?

簡単に言うと「数式で表す」と言うことです。例えば、y = a x + bのようなものですね。xに何か数値を入れると、傾きaと切片bを使って右辺が計算されて、左辺のyと言う目的の値が得られるわけです。私の場合は、xが土・作物・天候に関わる様々なデータ、yは最適な水や肥料の量という風にして数式に落としていきます。その数式はy = a x + bといった単純なものではなく、もっと複雑な形のものを利用します。

ーー なるほど。xのデータについても詳しく教えていただけますか?

畑に設置しているセンサで取得した土壌水分量、人工衛星から撮影した作物生育状況写真、気象実績・予報データ、過去の水・肥料の供給実績データ、が主な「x」つまり入力変数ですね。

ーー 畑にセンサを設置しているんですね。

そうです。最近はいろいろな会社が農業用のIoTセンサを作っています。インターネットを介して、どこでもリアルタイムに畑のセンシングデータを確認することができるんです。私たちのプロジェクトでは、土壌水分センサと気象センサを活用しています。

土壌水分センサー

ーー 人工衛星を使って得られるデータはどのようなものなんでしょうか?

衛星に搭載されているマルチスペクトルカメラを使うことで「植生指数」と呼ばれるデータを得ることができます。簡単に言うと、植物がどれくらい元気か?どれくらいの葉っぱが茂っているか?の指標となるようなデータです。これを見ると、畑のどの部分の生育が旺盛か、そうでないかを簡単に見分けることができます。

植生指数マップの例 SentinelHubより引用

ーー 離れた場所からでもいろいろな情報を入手できるんですね。

実際のところ、必要な情報を全て得られているわけではないんです。例えば農家さんは畑の中を歩き回って、場所ごとの土壌水分量のばらつきを確認しながら最適な水の量を決定しますが、我々のやり方では土壌水分センサを設置している場所しか考慮できません。他にも、衛星画像の解像度がそこまで高くないので作物個体ごとに生育状況や病害発生状況を把握できないといった課題もあります。農家さんが葉を一枚一枚裏返しながら作物の健康状態をチェックしているのに比べると、まだまだです。

ーー どうやってそれらの課題を解決していく予定なのでしょうか?

衛星画像を使って土壌水分量を面的に把握しようとする試みがされているので、それが一つのアプローチになると思います。またドローン技術の発達にも期待しています。ドローンが自動で飛び回って作物の生育状況を細やかに把握してくれるようになるのではないかと考えています。

ーー 夢が広がりますね! 現状では、どれくらいのことが実現できているのでしょうか?

これまでの実証実験で、我々が構築したAIに水と肥料の管理を100%任せても熟練農家さんとほぼ同等のトマトの収穫量が得られることを示せています(参考)。もちろん、病害や雑草の発見と対策などは農家さんにお願いしないといけないのですが、毎日かなりの時間をかけて行っている水と肥料の意思決定と実行を自動化できるインパクトはかなり大きいと思っています。

最終的には、最初に述べたように「誰もが・簡単に・安定的に・高品質の作物を育てられる世界」を実現することがゴールです!

ーー 期待しています!

農業×AIの相性が抜群な理由とは

ーー 研究者を志したきっかけはなんだったんでしょう?

両親が理系の研究者だったので自然と、でしたね。自分も研究者になるんだ、と。小学生の頃に会社の研究室を見せてもらえる機会があったり、夏休みの自由研究で親がサポートしてくれたりしたことで、自然と「将来は研究者になるんだ」と思うようになりました。

ーー 「研究者」のサポートを受けた夏休みの自由研究はすごそうですね笑

流石に全部手伝ってもらったわけではないですよ笑 ただ「こういうことがやりたい」「これを調べたい」と言うと「それならこれだ」と必要なものをすぐに買ってきてくれるという点では恵まれていました。6年生の時には温度・湿度・気圧計を買ってもらって、夏休み中毎日3回記録を付けていましたね。家でクーラーをつけても温度が全然下がらず、湿度だけが下がっていったのを発見した時の衝撃は今でも鮮明に覚えていますね。多分昔のクーラーの特性で、今ではそんなことないと思いますが。

ーー そこから、現在の研究分野に辿り着くまでにはどのようなことがあったんでしょうか?

高校の生物の授業で植物ホルモンについて勉強した時、また衝撃を受けました。植物の根が下に向かって伸び、茎が上に向かって伸びるのはなぜだかわかりますか?

ーー すみません、考えたこともありません…

ごめんなさい、そうですよね。実はこの現象は、1つの植物ホルモンと重力だけで説明できてしまうんです。複雑な生命現象が実はとてもシンプルかつ合理的な仕組みで制御されていると知り、「もっと生物のことを勉強したい」「生物系の研究者になろう」と決めました。

ーー 実際に選択されたのは農学部でしたよね? なぜ農学部だったんでしょうか?

「生物の力を使って、世の中の課題を解決したい」という想いがあったからです。生物の研究自体は理学部でもできますが、純粋な基礎研究がメインという印象がありました。一方で農学部は「実学」つまり「技術や知見の実用に重きを置く学問」であるとの話を聞いて「これだ!」と思いましたね。

ーー 大学ではどのような研究をされていたんでしょうか?

植物と微生物の共生メカニズムについて、遺伝子データの分析という切り口で研究を行っていました。当時はビッグデータや人工知能ブームの始まりの時期でしたが、遺伝子データも他分野と同様に膨大なデータを簡単に得られるようになっていました。研究のための分析手法を色々と模索する過程で、日本電気株式会社(NEC)のインターンシップにも参加しました。結果的に、博士課程修了後にそのままNECに入社しました。

ーー NECで農学博士というとかなり異質な存在なのではないでしょうか?

実はNECグループにはもう1人農学博士がいらっしゃいます笑 10万人中2人なので、レアキャラにはかわりないですね。ただ、今のプロジェクトでは、農業とデータ分析の知見がダイレクトに役に立っています。

ーー 2つのバックグラウンドを持っていることが菊池さんの強みになっているわけですね。

その通りです。これは実際にやってみて感じたことなのですが、データ分析(いわゆるAI)と農業の組み合わせは、実はとても相性がいいんです。

ーー それはどういうことでしょうか?

人間と同等以上の意思決定をAIにさせるには、膨大な学習データが必要です。しかし農業は1年に1回しか栽培を行えないため、十分なデータがなかなか集まらない問題がありました。なので、一般的には農業とAIの相性はそこまで良くないと言えます。しかし、1度モデルを構築してしまえば、それは半永久的に再利用できるものになるのではないかと考えています。

例えば、コンビニにおけるおにぎりの売り上げ予測モデルは、周辺に競合のコンビニができると再度データの蓄積とモデルの構築が必要です。なぜなら競合が存在することで過去のデータやそこから読み解かれた傾向が参考にならなくなるからです。

農業の場合は、裏に隠れている事象はほぼ全て自然現象です。自然界における原理現象、これは不変ですよね。

ーー なるほど。でも、かなり難しそうな挑戦ですね。

それはその通りです。実際には困難の方が多いでしょうね。モデル化に必要だけど取得できていないデータもたくさんあるので、今後サービスを全世界に展開したり、外部パートナーと連携したりしながら、一歩ずつ進めていきます。

事業開発スキルを磨いて全世界の農家にこの技術を届けたい

ーー 今後の展望を教えてください。

まずは今研究開発している技術を社会実装すること、つまり全世界の農家さんにサービスとして提供することが第一の目標です。価値のあるサービスやプロダクトを提供するためには、ユーザーが本当に欲しているもの・ことを解像度高く把握する、いわゆる事業開発のスキルが重要であると考え、最近はその方面の研鑽にも努めています。

ーー 具体的にはどのような活動をされているんでしょうか?

ピッチコンペなどにも参加していますが、個人的に影響が大きかったのは2019年に経済産業省とJETROが主催する「始動 Next Innovator」に参加できたことです。様々なスタートアップや大企業が参加しているプログラムで、その道の第一人者の講義を受けたり、メンターにアドバイスをもらいながら事業プランのブラッシュアップに取り組みました。最終的に、事業計画の質とピッチ審査にもとづいて上位20人に選んでいただき、シリコンバレーに派遣していただくこともできました。国内プログラムもですが、シリコンバレーで実際に戦っている方々の話を生で聞けたのは、自分のマインドセットを変える大きなきっかけになりましたね。

シリコンバレーでの事業計画ピッチの様子

ーー どういうマインドセットが得られたんでしょうか?

起業家としての、ですね。実は研究者と起業家のマインドセットって似ている部分もあると思うんです。「とにかくたくさん試して、たくさん失敗してそこから学べ」とかですね。でも全く違う部分もある。研究者的には「不確実なことは言わない、わからないことは徹底的に調べて潰す」ことが重要ですが、起業家的には「不確実性を許容し、わからないことがある中でも意思決定しながら前に進んでいく」ことが求められます。研究者としての自分で事業開発者としての自分でうまく切り替えていく必要があるんです。

ーー それができることも、また菊池さんの強みになりそうですね。

そうできるように頑張ります笑 実際にプロジェクトを進めていく中で、どちらを優先させるべきか悩むこともありますが、最終ゴールは「誰もが簡単に農業ができる世界の実現」です。そこに向かって進んでいくことだけは、ぶらさないようにしていきたいと思います。

ーー 頑張ってください! 今回はありがとうございました!

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