研究者の現実に共感!『脳研究者の頭の中』毛内拡 著 ブックレビュー
自身も研究者であるflasko編集部員が科学研究関連の話題書について語り合う「flaskoブックレビュー」のコーナーです。今回取り上げるのは気鋭の脳研究者・毛内拡さんが、自らの知見をもとに現代日本の研究者たちの実態と厳しい現場事情について描く新著『脳研究者の頭の中』(ワニブックスPLUS新書)です。一般向けの新書ながら研究者としても大いに共感できるこの一書、さて気になるその内容は?
reviewer
早船真広
FLASKO PROJECT 代表
Co-Lab. 代表 / サイエンスプロモーター
博士(農学)
国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ / 科博SCA 代表
株式会社A-Co-Labo CMO / Co-Founder
株式会社ユーブローム 執行役員
東京学芸大学 非常勤講師
reviewer
菊池 裕介
日本電気株式会社 AgriTech事業開発室
博士(農学)
ONE JAPAN 大企業挑戦者支援プログラム「Change」メンター
【今回のレビュー本】
『脳研究者の頭の中』(ワニブックスPLUS新書)
著者:毛内 拡(お茶の水女子大学助教)
講談社科学出版賞を受賞した注目の脳研究者が”研究者”の実態を大公開! 日本の科学力が衰退しているって本当?! 研究の現場で起きていることを包み隠さず紹介。研究者という存在を身近に感じられる一冊。本の詳細>>
研究者の家族・パートナーにこそ読んでもらいたい!
さて、今日は脳研究者の毛内拡さんが書いた『脳研究者の頭の中』(ワニブックスPLUS新書)という本を題材に話をしていきたいと思います。
よろしくお願いします!
まず私がこの本を読んで思ったのは、研究者という職業を詳しく知らない人や、周りに研究者がいないといった方が、研究者の実態を知るにはとてもいい本だなあということ。
加えて、研究者が自分の家族や両親、パートナーにも読んでもらうと、ぐっと理解を深めてくれるんじゃないかな。
そうだね、研究者になりたいと考えている学生にとっても、研究現場の現状について具体的にイメージしやすい内容になっていると思う。
例えば、アカデミアにとってはインパクトの大きい研究でも、実社会ではすぐに成果を活かせない、といった実態があるよね。
でも、それらの基礎研究は様々な議論や技術の核になることも多く、ノーベル賞を受賞している例もあるんだよね。
確かに、これまでノーベル賞を受賞した研究に注目してみると、抽象度が高い研究のほうが可能性を秘めているように感じるよ。
一方で社会は、研究が何に役立つかを求めている部分が大きい。そこにアカデミアとの大きなギャップがあるね。
何の役に立つのか?研究者を苦しめるジレンマ
私はこの本の1章にある「その研究は何の役に立つのか?という質問は研究者を苦しめています。全ての研究が実用的という意味で役に立つことを目指している訳ではありません。」というメッセージがとても印象的だったな。
例えば、アカデミアにとってはインパクトの大きい研究でも、実社会ではすぐに成果を活かせないといった実態がある。
私が印象的だったのは、本書の“終わりに”にある「好奇心は研究者として最も必要だ。その点で君は研究者に向いていると褒められたことがあります。」という部分かな。
打算的ではなく、興味があるから突き詰めるというのが、研究者の本質だと思う。
でも、”売れないバンドマンと根っこは同じ”と本書の表紙にもあるように、どうしても周りからは理解されにくい立ち位置なんですよね。そこがツラい。
興味・関心を突き詰めるといった点で、個人的にすごく好きなエピソードがあった。
2008年に緑色蛍光タンパク質(GFP:Green Fluorescent Protein)の発見でノーベル賞を受賞した下村脩先生がその研究に着手したきっかけは、オワンクラゲという光るクラゲがどのように発光するのか?という純粋な興味からだったという話。
家族総出で海に行き、網でひたすらクラゲをすくっては研究室でGFPの単離精製に取り組んだのだそう。
下村先生が発見したGFPは、現在生物の体のどの部分で、どんな遺伝子が機能しているのかを可視化するためのツールとして使われていて、例えばがん研究の発展にも大きく寄与しているんだよね。
研究者の純粋な興味をきっかけとした研究が、社会に大きなインパクトを与えた素晴らしい例だと思うよ。
そうだね。自分の興味関心から始めた研究が、思ってもみない広がりを生んだ結果、様々な研究分野との掛け合わせが可能となった例だね。
そういった意味でも基礎研究や応用研究といった研究者の多様性は大切だし、さらにはその双方が繋がることがとても重要なんだろうな。
研究者を常に悩ますおカネの問題をどうすればいい?
日本では年々論文の数が減っていて、科学技術力の低下が指摘されている。
その原因について、ノーベル生理学・医学賞受賞者の大隅良典先生は「興味に基づいて研究に取り組める機会が少なく、選択と集中に基づく競争的資金の獲得のハードルが高すぎるからだ」と主張されているんだ。[参考リンク]
競争的資金の申請の際には、その研究が社会にとってどのように役立つのかの説明を強く求められる。また、評価ポイントとして、どれだけ期待された成果が出たかという項目がある。こういった評価指標に基づいて研究の良し悪しが決められてしまうと、思い切った研究に挑戦できなくなってしまうよね……。
研究費が途絶えると研究活動も途絶えてしまい、その際のセーフティーネットもないのが現状だと思う。
そうそう、大学で職を得たとしても研究費を獲得しなければ、研究を続けていくのは厳しい状況だよね。
私の知り合いの研究者に、中国に拠点をおいて研究している方がいいるんだけど、中国を選んだ理由は、資金が潤沢にあることや、結果を出せばきちんと評価に繋がるからなんだって。
日本人研究者が中国に流出しているという話もあるように、日本では興味・関心に基づいて研究ができなかったり、研究費を獲得することに時間がとられてしまう現状があるので、仕方ないのかなと思ってしまう部分もあるけどね。
私が感じる大きな課題の一つに、研究者が研究資金を集める手法を教えてもらえるような教育の機会や場が、ほとんど確立されていないことがある。例えばスタートアップ企業向けには様々なアクセラレーションプログラムがあるけど、大学ではそういった仕組みはほとんどないよね。
確かに、その通りだね。
聞くところによると、アメリカには企業から大学にうまく研究資金が集まってくる仕組みがあるんだそうだよ。企業から大学への寄付金ということで、委託研究ではないため、研究者はその資金をある程度自由に利用できる。一方で、企業は最先端の研究に取り組む研究者とのコネクションやディスカッションの機会が得られ、それをビジネスへのインプットとしているんだそうだ。
一般的に、研究者が現在行っている研究と、企業が事業に活用したい研究成果とは一致しない。それは、最先端の研究がすぐに応用できるほど、社会制度や人々の需要性が追いついていなかったり、技術としての安定性がまだ低いことが多いからだね。
でもアメリカにおける上記の取り組みでは、研究者が以前研究していたテーマから企業側が事業に役立つ知見を得られる、というサイクルが上手く回っているようだ。
なるほど。今の話を聞いて、我々 flasko がやりたいことの方向性も間違っていないとあらためて思ったよ。個人や企業の枠組みは関係なく、様々な人が集まってひとまとまりになり、最低限の保証と研究の選択肢が広げられるような環境を整えられたら最高だよなあ。
我々みたいにアウトリーチ活動をしている組織と研究者が手を取り合って歩んでいきながら、外部の人も巻き込んでいくと、絶対に面白いことができるはずなんだ。
研究者として強く共感できる「研究者あるある」
本書を読んで思わず「あるある!」と強く共感したことが2つあるよ。
1つ目は、第1章にある「再現できないと信じられない」ということ。
私も仕事で色々な実験、とくに実世界での実証実験をよく行うけど、一度だけ良い結果が出たとしても、「この結果になった想定外のファクターは何かないだろうか?」「もう一度同じ実験をした時に、きちんと同じ結果が得られるだろうか」と疑ってかかるようにしている。
でも、そのせいで会社のチームメンバーからは「菊池さんってネガティブだよね」と言われたことがある(苦笑)。効果が再現できないと今後の事業にも影響が出るので、私としては慎重に判断していきたいところなんだけど。
難しいところだね(笑)
ビジネス的には「ベネフィット◯◯%」と売り出したい所だけど、本当にその結果が確実なのかという視点はしっかり抑えておきたいよね。
本書の第1章「研究者の価値観」にも書かれているように、研究者は仮説を立てて疑うように徹底的に教育されてきた背景があるので、知らず知らずのうちに慎重になっているのかもしれないね。
私が共感した2つ目は、第2章「機能獲得と機能欠損」にあった「相関関係と因果関係を区別したがり」という一節。
研究者としては因果関係を立証することが目的だけど、世間一般では相関関係と因果関係を区別せずに議論されていることがすごく多いと感じる。
因果関係は「Aが増えるとBも増えるが、Bが増えてもAが増えるわけではない」という考えで、原因はAだとわかる。
一方で相関関係は「Aが増えたらBも増えた=AとBは関係がある」という考え方をする。これでは、どちらが原因でどちらが結果なのかわからない。
面白い例に「チョコレートの消費量が増えるとノーベル章受賞者が増える」という話がある。背景にはGDPや国の豊かさに関する変数が関係していて、国が豊か=チョコレートを食べがちであり、研究予算も潤沢な傾向にある、というわけだね。
とにかく、あるデータ結果に対し「真の原因はなんなのか?」と疑うのが研究者のサガだね。
たしかにそうだね。
私は第1章「研究者のお仕事」にあった「研究者の仕事として本を書いたりテレビに出演するのも重要」という箇所に共感した。
著者の毛内さんが、一般の方に向けてわかりやすく研究や研究者について伝えるアウトリーチ活動を重要視されている点は、我々とも重なる部分があると思う。
研究者のメリットとして、企業からの資金調達以外にも、どんなアウトリーチ活動をしているのかはアピールになる。また、アカデミアが存続していく視点から考えても重要だと思うよ。
少子化の中での学生確保のためにも、興味や関心のきっかけ作りとして、研究者たちがもっと積極的にアウトリーチに取り組んでいく必要性があるんじゃないかと思ってる。
全く同感。
今後ますます必要とされるアウトリーチ活動の形
もっと言うと、研究者だけが積極的に動くというよりも、大学や研究機関の広報や、サイエンスコミュニケーター等が連携してアウトリーチ活動に取り組むことが理想だな。
研究業界を盛り上げるためにも必要な活動だし、関係各所との繋がりを作るといった意味でもとても大切なことだと思う。
その通り。これからの時代を担う若者に向けて、研究業界についてや領域の魅力を発信し、各領域に新しい人材が入って来やすい空気感を作ることは、今後ますます重要になっていくだろうね。
アメリカの大学で研究している後輩から聞いた話だけど、その大学内には技術アドバイザーの職員がいて、その方々は博士号取得者でありながら、リサーチャーではなくスペシャリストとして生きていくという考えを持っているようなんだ。
例えば、シーケンス関連について詳しく、機器の保守管理もしながら、研究者が研究を進めるにあたって技術的なアドバイスをしてくれていると言ってた。
興味深いね。現状として日本では、博士号を取得した後の研究職以外のキャリアパスが、ほとんどないからね。
研究職以外にも、技術アドバイザーや大学スタッフなど、アカデミア内に様々なポストがあっていいと思うよ。
その通り。そんな状況のなかで、我々としては、研究界に新たな道を作っていきたいと思っているわけだ。研究に携わる人々が集まる場として、もっともっとflaskoを面白くしていきたいな!
まさにそう!
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