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研究者インタビュー

陳たん|地下深くに時空の歪みを捉える巨大望遠鏡を作る研究者

「空間が歪む」そんなSFの世界のような現象が、私たちの身の回りでも実際に起こっていることをご存知でしょうか? 

現実世界で生じる空間の歪みはとても小さく、私たちはそれに気づくことはできません。「重力波」として知られているその現象は、巨大な質量をもつ天体どうしの衝突などによって発生する「時空のさざなみ」であり、宇宙の起源の解き明かすための鍵にもなっています。

今回は、地下施設に建造された超巨大望遠鏡を使って重力波を捉えようとしている国立天文台の研究者、陳たん(チンタン)さんをご紹介します。

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陳たん (Dan Chen)

国立天文台 重力波プロジェクト推進室 特任研究員

東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 博士後期課程修了、博士(理学)を取得。その後、国内大手電気メーカーで衛星データを活用したスマート農業プロジェクトで技術開発を担当。退社後、現職。

最新鋭の重力波望遠鏡で、時空のわずかな歪みの捕捉に挑む

――現在取り組んでいる研究について教えてください。

重力波と呼ばれる「時空の歪み」を観測するための望遠鏡「KAGRA(カグラ)」を建設・運用するプロジェクトで働いています。

宇宙空間でブラックホールなどのとても重たい物体が動くと、比較的大きな時空の歪みが生じて、それが波のように伝わります。これを「重力波」と呼んでいます。 時空が歪むと、例えば1メートルの距離だけ離して置いた2つのリンゴの距離がほんの少しだけ変化します。その大きさはわずか10-23メートルです。このわずかな歪みを検出するために、重力波望遠鏡を作ろうとしています。

重力波のイメージ ©️国立天文台

――原子の直径が10-10メートルなので、とんでもなく小さな歪みですね。どのように検出するのでしょうか?

原理的には、2つのリンゴの距離を大きくとることで重力波によって生じるその距離変化も大きくなります。なので、この距離を取るために3〜4キロメートルの長さの望遠鏡を作ります。

―― 望遠鏡自体がそんなに大きいのですか?

そうです。正確には、1辺の長さが3キロメートルのL字型の2本の長い腕を持つ構造をしています。さらに両腕の先と手前に鏡を置いて、それぞれの腕に沿ってレーザー光を何度も往復させることで距離を稼いでいます。2つのレーザー光が最終的にぴったりと重なるように鏡を設置しておくと、重力波がやってきて腕の長さが変化した時に、2つのレーザー光の到達タイミングが微妙にずれることになります。このレーザー光のタイミングのずれ(干渉縞)を検出するのが、重力波望遠鏡の原理です。

干渉計型重力波検出器の概念図©国立天文台

――実際に重力波は検出されたことがあるのでしょうか?

2015年にアメリカとヨーロッパのチームが初観測に成功しています。重力波の存在はアインシュタインの一般相対性理論で予言されていましたが、それから約100年後に実際に観測されたことになります。

―― アインシュタインはそんなことまで予言していたんですね。

彼は重力や時間の研究をしていて、空間の歪みの存在を予言していました。宇宙空間で質量の大きな星が動くと空間の歪みが発生し、それが波となって伝播して観測されるだろう、と。2015年に観測された重力波は、一般相対性理論にもとづいて予想される重力波の波形と非常によく一致していました。

―― 日本のKAGRA重力波望遠鏡はどういうステージなのでしょうか?

我々のプロジェクトでも、ようやく望遠鏡が「完成」と呼べる状態になってきました。2020年3月には初観測が行われましたが、まだ重力波を捉えたという報告はできていません。

―― KAGRAにはどのような特徴があるのでしょうか?

世界初の特徴を2つ備えています。重力波望遠鏡の観測精度を上げるには、とにかく重力波以外の要因で鏡が揺れることを防ぐ必要があります。振動が極力少ない環境にするために、岐阜県の神岡鉱山の地下深くに望遠鏡を設置しています。

KAGRAのアームトンネル ©️国立天文台

―― もう1つの特徴はなんでしょうか?

鏡を-250℃にまで冷やす機構を備えていることです。先に述べたように、鏡の振動を少なくすることが重力波観測においては重要ですが、鏡は自身がもつ熱エネルギーによって常に振動しているんです。ものすごく小さい振動ですが、重力波の検出においてはそれすらノイズになります。これを抑えるために極低温技術を採用しており、その装置の設計も私の仕事でした。

――プロジェクトの重要な要素を担当していたんですね。どのような専門性が必要な仕事なんでしょうか?

電子回路設計から、鏡をどうやって固く保持するかの機械的な設計まで、幅広く手がけています。検出感度を高めるために必要なレーザー光と鏡をデザインして設計図までおこし、部品を業者さんに作ってもらったあとは組み立てから動作確認まで、ほとんど自分たちでやっていますね。最近では「鏡が動いた距離を正確に測定するための検出器のキャリブレーション方法」をメインの研究テーマにしています。

――本当に「自分たちの手で重力波を捉えるんだ」というプロジェクトなんですね。KAGRAでの重力波の初検出、楽しみにしています。

タイムマシンを作りたくて研究者への道に

―― 研究者を志そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

小学校の時にタイムマシンを作ろうと考えたのが、現在取り組んでいる研究領域に興味をきっかけでしたね。

―― タイムマシンですか! そこからどういう経緯で重力波の研究にたどり着いたんでしょうか?

タイムマシンについて調べるうちに、時間の研究をしていたアインシュタインの一般相対性理論に行きつきました。そしてタイムマシンを作ることは諦めました(笑)

―― 諦めてしまったんですね(笑)どういう気づきがあったんでしょう?

「現代に未来人がいないから」とでも言えばいいでしょうか。「未来の人がここに来ていないからできないんだ」と思いました。それに、アインシュタインの理論では「未来には行けるけれど、過去には行けない」ということも述べられていました。 タイムマシンは難しそうだなと思ったのですが、物理学自体に強い興味が湧き、その分野の研究者になろうと考えました

―― 時間の研究への興味から、時空の歪みの産物である重力波に行き着いたわけですね。

重力波を使って人類の新しい「目」を獲得する

―― 研究をする上でモチベーションになることと、難しいと思うことを教えてください。

「まだ誰も知らないことを、誰よりも先に知られること」にワクワクします。それが一番のモチベーションですね。 難しいのは、雑務がそれなりにあるが故に研究のコアなところに使える時間が限られてしまうことです。そんな中でも、研究の時間をきちんと捻出できるように気をつけています。

―― 陳さんの研究の今後の展望について教えてください。

アメリカやヨーロッパのチームが成し遂げたように、我々もKAGRAで重力波を捉えたいと考えています。 これまで人類が星を観測するときには主に電磁波(光)を使っていました。しかし、光ですと例えば雲がかかっていると観測できなかったり、天体の表面しか観測できなかったりします。重力波は天体の中も透過できます。 重力波を使って、光では見ることができなかった世界の様子を明らかにしていくのが、私の目標です。

―― 今回はありがとうございました!

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