漆畑文哉|理科教員と研究者の両面で未来の学びを探求する
本シリーズ【A-Co-Labo研究者の履歴書】では、flaskoのサポーターであり、研究知のシェアリングサービスを行う株式会社A-Co-Laboに登録している多様なパートナー研究者たちが、自身の研究内容とともに、研究者としての歩みや考え方を伝えていきます。
今回は、理科教員としての経験と学習科学の知見を元に、これからの時代のより良い学びについて研究をしている漆畑文哉さんです。
漆畑 文哉
うるしばた ふみや
日常と科学を結ぶ、学びのデザイナー(科学エデュケーター/科学コミュニケーター)。
科学教育や学術のアウトリーチのデザインを生業としています。専門は科学教育・理科教育・学習科学。修士(教育学)
国公私立の小中学校・高等学校の理科教員、科学技術振興機構 日本科学未来館の企画・広報を経て、2021年に独立。神奈川工科大学教職教育センター 非常勤講師、静岡大学情報学部 学術研究員、慶應義塾大学SFC研究所 健康情報コンソーシアム個人会員メンバーを兼務。
幅広い年齢層・シチュエーションで、累計10000回以上のさまざまな学びの場のデザインを経験。静岡大学創造科学技術大学院にて学習科学研究にも従事し、学びに関する研究知見の社会実装を目指している。
ひとはいかに学ぶか?どうしたら学びをよいものにできるか?
こんにちは、A-Co-Laboパートナー研究者の漆畑文哉です。私は主に科学教育の場面で起きる「教える」と「学ぶ」の関係やプロセスを評価し、学びをもっとより良いものにしていくためにどんなことができるかを検討する研究をしています。
世の中の人で一度も「学ぶ」ことをしたことがないという人はいないはずです(好きか嫌いかはとりあえず置いておいて)。同様に、きっと誰かに「教える」ということもどこかでやっているでしょうし、もしくはこれから何かを人に教えたいという気持ちをもっている人もいるでしょう。
一方、先に(好きか嫌いかはとりあえず置いておいて)と述べたように、いつも良い学びができるわけではなく、どこかでつまずいたり、何を教わっているのかわからなくなってしまったりという経験を誰もが少なからずもっているはずです。それは教える側にとっても辛いことで、どうせ教えるならうまく教えたいし、学びが深まってほしいという願いをもっているはずです。
そのような経験や願いに応えるべく、私の研究は「ひとは、いつ、どのように学んでいるか(学ぶのはなぜ難しいのか)」をはっきりさせることを目標の一つに掲げています。この目標をクリアにするためには、先に述べた経験や願いはそもそも人によって違うものなのか、それとも何か条件が揃うと学びが深まったり、もしくは阻害されたりするものなのかを見える化しなければなりません。
学習の経験は誰にでもあることですが、その経験は一人ひとりの中で閉じてしまっていて、他人と共有できる形になっていません。また、教育実践の研究も、ある指導法の効果を確かめるために、実践前と実践後、あるいは指導を受けたグループと受けていないグループを点数で比較するという研究は多く行われてきましたが、その指導を行うことで実際にどのような学びが生まれているのかに着目したものは多くありません。参加する人や場所、その日の天候などの条件が完全に同一の学習環境は現実的にあり得ないですから、研究でせっかく知見が生まれても、それを一般的することがこれまでは難しい問題でした。
けれど、最近は「学ぶ」や「教える」が生まれる環境を記録することがとても簡単になってきました。例えばワークシートをスキャンしたり、学ぶプロセスを録画し、AI技術で文字起こしすることもできます。オンライン学習であればこれに加え、アクセスや編集のログなどの詳細なデータも残せるようになってきました。
教育実践は誰しもが多かれ少なかれ想いをもっているので、客観的な記録を、しかも逐一かつ複数残すことは大きな課題でしたが、記録の負担は以前よりも小さくなり、学びの詳細が見えやすくなってきていると思います。 私は学びの見える化を通じて、ひとはいつ、いかに学んでいるのか、その詳細を明らかにし、その知見からさらにより良い学びが生まれる環境や活動を創っていきたいと考えています。
理科の教員でありつつ「学びの研究者」でもありたい
私個人はこれまで小・中・高等学校で理科の教員を計7年、国立の科学館の企画や広報を4年やってきたこともあり、私自身が一教育実践者です。色々事情もあって、学部から修士課程、修士課程から博士課程もストレートに進学していません。ですから「研究者になりたい」と思ったことがありません。強いて言うなら「研究者でもありたい」でしょうか。
私が見てきた、教育実践をしている周囲の人を見ると、長年の実践を通して自分の教え方に対する自信が高まっていく人が多い気がします。一方、私は性格上へそまがりというか疑い深い人間なので、うまく教えることができたと感じるときほど、本当にそれは参加者の学びを深めることが本当にできただろうか、自分の自己満足ではないだろうかと考えてしまいます。
実際、過去に調べた学びのプロセスの中には、うまく教えることができたと私が感じたとき、実は学習者には間違った伝わり方や誤解を招いていた、なんてことも見つかったことがあります。自分の教育実践を、自分で厳しく批判するのは、字面で書くよりも実は結構大変なことで、誇りも多少傷つきます。しかしそれを乗り越えないと、深い学びを創ることにはつながらないだろうという信念をもっています。
「研究者でもありたい」というのは、教育の実践はやってなんぼのものなので、単なる批評家ではなく実践者でもあり続けたい、でも、本当に実践が学びを深めるものになっているかどうかについては厳しい姿勢であり続けたいという思いから来ています。
「正答」よりも「誤答」の方が奥深い
卒業論文を作成したときの経験も研究への興味につながっています。私は高校の理科教員もやったことがあるのですが、実は、高校時代の私は化学がとても苦手でした。特に物質量(mol)が登場したとき、それが何なのか全然わかっていませんでした。
おそらく今でも、生徒が物質量をイメージできない、比の計算ができないと嘆いている現場の先生は多いことでしょう。物質量がどう役に立つかを理解するためには、化学反応で起こる原子や分子、イオン、電子といった構成粒子の個数と比の関係を理解することが必要ですので、私はその関係がイメージできるようなアニメーション教材を作成しました。けれど、単に教材を作っただけではダメで、なぜその教材だと深く学べると言えるのかを説明する必要があります。そして、その説明をするためには、そもそもなぜ多くの中学生や高校生が化学につまずくのか、つまずいているとしたらそれはどこなのかを想定しなければなりません。
それまでは一つの「正答」を導くことばかり考えていましたが、卒業論文をきっかけに、科学や理科にはどんな「誤答」が生まれているのかに興味が湧いてきました。誤答は正答よりもはるかに種類が多く、しかもある分野ではかなり昔から学習者が陥りやすい誤答の傾向が指摘されており、正答に至るための学びのプロセスや方法が見つかっていないことを知りました。それが教授と学習の過程を明らかにする研究に興味をもったきっかけになりました。
オンラインとデータ活用によるウィズコロナ時代のより良い学びを追求
コロナ禍で大きく変わったことの一つには、オンラインによる学びの場や機会の選択肢が増えたということがあります。オンライン学習はコロナ禍前にもあったわけですが、選択肢としてより一層身近に感じられるようになりました。一方で、対面式の学びのあり方も変化が生じています。オンラインには難しく、対面だからこそできる学びとは何かについて答える必要性が出てきました。
私は今後も学びを提供する実践者であると同時に、学びを省みる研究者、その両立をもって社会に貢献したいと考えています。 学習環境にオンラインを選ぶか、対面式を選ぶかは、単に学び方が変わるのではなく、評価の仕方にも影響を与えます。
今現在は、情報という観点から学びのデータをいかに取得し、解釈し、より一層の改善につなげるかに関心があります。教育と情報の二つの切り口から、より質の高い学びの実現へと今後も活動していきます。
A-Co-Laboについて
株式会社A-Co-Laboには、現在約100名のパートナー研究者が登録。それら研究者の持つ研究知(研究者のもつ知識や知恵。研究内容だけでなく、課題発見能力や課題解決能力なども含む)を企業の研究開発はもちろん、新規事業や様々な課題の解決に役立てています。
記事で紹介したパートナー研究者に話を聞いてみたい、自身がパートナーとして登録したいなどあれば、下記ホームページよりお気軽にご連絡ください。
A-Co-Labo HP:https://www.a-co-labo.co.jp/
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