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鈴木雄大|1億キロメートルの彼方へ!JAXA研究者が語る宇宙探査研究の魅力と夢
遥か彼方にある惑星の謎に挑む。それは人類の知的好奇心の最前線だ。しかし宇宙の研究と聞いて、多くの人はどんなイメージを思い浮かべるだろうか。望遠鏡を覗いて星を観測する天文学者? ロケットを開発するエンジニア? 実は、宇宙研究の世界は私たちの想像をはるかに超えて広大で多様だ。
今回お話を伺ったのは、JAXA宇宙科学研究所で惑星研究に取り組む鈴木雄大さん。水星や彗星の研究を通じて、宇宙の謎に挑む若手研究者の姿と、その研究の最前線についてじっくりと語っていただいた。
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鈴木雄大
Yudai Suzuki
日本学術振興会特別研究員 (PD)
JAXA 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 PD (博士研究員)
東京大学 理学部 非常勤講師
国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ
2023年3月東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程を修了。博士(理学)。
現在はJAXA宇宙科学研究所にて博士研究員としてすいせい(水星&彗星)と探査機の研究に従事。
研究だけでなく、学生時代から科学コミュニケーターとして活動も精力的に活動しており、各所での講演などで多様な媒体で宇宙についての発信を行っている。
参考:http://spaceadv.wp.xdomain.jp/
※この記事は、2024年10月26日、27日に行われた、科学技術振興機構主催サイエンスアゴラ2024内において、flasko Projectが出展した「科学者、科学、未来を身近にするflaskoワークショップ」の中でインタビューした内容を元に作成しています。
二つのすいせい:空気と地面の研究者として
――現在どのような研究をされているのでしょうか?
大きく分けて二つの研究をしています。一つは惑星のひとつである「水星」の研究、もう一つは尾があるように見えるほうき星ともよばれる「彗星」の研究です。
「水星」は、太陽系のなかでも結構マイナーな惑星なんですが、一番太陽の近くを回っているので、太陽からたくさんの熱をもらっている反面、太陽の当たらない部分もあり、激しい環境にある惑星です。
一方の「彗星」の本体は大きな石の固まりで、ドライアイスに水をかけた時のような感じでガスが激しく噴出します。
私はこの2つの「すいせい」について、その空気と地面を専門として研究しています。
――水星や彗星に、空気があるのですか?
はい。実は水星には、とても薄い空気があるんです。地球のような濃い空気ではありませんが、地面から気体の原子が飛び出してガスが出ては宇宙に逃げていくような現象が確認されています。それがごく薄い大気となっています。
彗星の場合はさらに面白くて、太陽からの距離によって様々な物質がガスになります。例えば、太陽から遠い時は固体のアンモニアや二酸化炭素の氷(ドライアイス)が昇華し、地球ぐらいに近づくと今度は水の氷が昇華します。場所によって物質が変わっていくんです。このガスが、彗星の尾になります。
――なぜ空気と地面の両方の研究が必要なのでしょう?
空気と地面とは、切っても切れない関係なんです。水星の薄い大気を理解するためには、その源となる地面の性質を知る必要がある。彗星の場合も、表面の氷がどのように昇華して大気を作り出すのか、その過程を理解する必要があります。両方を研究することで、初めて全体像が見えてくるんです。
遠い天体を観測する技術
――遥か遠くにある天体を、どのように研究するのでしょうか?
多くの人が思い浮かべるのは、目で見る望遠鏡かもしれませんが、私の場合はより大きな望遠鏡で、主に紫外線を使った観測を行っています。地球上では紫外線のほとんどが大気に吸収されてしまうため、宇宙に望遠鏡を打ち上げて観測を行います。ハッブル宇宙望遠鏡のような人工衛星を使って、画像や観測した数値など、様々なデータを集めているんです。
とくに興味深いのは、観測する光の波長によって見えるものが全く違ってくることです。例えば、赤外線で観測すると水分子の分布が分かり、紫外線では水素原子の分布が分かります。
水素原子の場合、「ライマンα線」という波長121.6ナノメートルの光を観測すれば、その存在を確実に検出できます。このように、目的の物質に応じて最適な観測方法を選んでいくんです。
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探査機開発:10年、20年先を見据えた挑戦
――それらの観測に使っているのは、既に打ち上がっている人工衛星などを使っているということですね。では、もうひとつの研究である新しい探査機の開発というのは、何をしているのでしょうか?
宇宙の研究をしていると「こういうデータが欲しいな」と思うことがあります。そこで、今後打ち上げる探査機や人工衛星や、そこに載せるカメラなどを作る事が必要になってきます。
――今作っている新しい探査機、カメラというのは、いつごろ使えるようになるんですか?
探査機の開発は、本当に長期的な取り組みなんです。短くても10年、長いものだと20年以上かかることもあります。例えば、私が現在携わっているべピ・コロンボ(BepiColombo)という水星探査機は、1997年に日本の研究者たちが「やりたいね」と言い始めたプロジェクトです。2018年にようやく打ち上げられ、まだ水星には到着していません。
開発プロセスを具体的に説明すると、まず計画を詰めるのに約5年かかります。この段階で、どんな観測をしたいのか、それにはどんな機器が必要か、予算はいくらかかるのか、といった検討を重ねていきます。
そこからさらに様々な審査を経ながら、また5年ほどかけて試作品を何度も製作します。この間にも、さらに計画を詰めていきます。製作開始後も、宇宙で正常に動作するかどうかなどの試験に3年ほどかかります。そして打ち上げ後、目的地に到着するまでにさらに何年もかかるんです。
――打ち上げ後も、目的地に行かなければならないわけですもんね。水星まではどのくらいかかるんでしょうか?
探査機が水星に到達するまでの道のりを見てみましょう。地球から水星までは直線距離で“たったの”1億キロメートルです。探査機はざっくり秒速30キロメートル(時速30キロメートルで走る車の3600倍のスピード)で進んでいきますが、それでも到着までは約7年かかります。ただ、実は直線的に水星に行くわけではないんです。太陽の重力に従って太陽系の中をぐるぐる回りながら、軌道を少しずつ変えていく必要があります。
――直線的に行くわけではないんですね
直線的に行く事はできるんですが、それだとスピードが速すぎてしまうためにブレーキをかける必要が出てきます。宇宙ではエンジンの逆噴射をすることでブレーキとしますが、逆噴射をするためにはそのぶんの燃料を持っていく必要がでてしまいます。
加えて、実はロケットの性能で、載せる事ができる探査機の重量は決められてしまいます。
通常、探査機は大きさが2〜4メートルくらいで、本体は数百キログラムです。そこに100キログラム程度の燃料を載せます。
もし直接水星に向かおうとすると、それ以上の燃料が必要となり、探査機本体の重量が確保できなくなってしまう。そのため、時間はかかりますが、大切な探査機本体になるべく重さが確保できるようにしています。
――べピ・コロンボはいつ水星に到着するのでしょうか?
もともとは2025年12月に目的地である水星に到着予定だったのですが、エンジン関係のトラブルなどもあり、到着が少し遅れて、2026年11月に到着する予定となっています。
――かなり時間のかかる研究であるということがわかりましたが、一方で結果も出して行かなければならないと思うのですが、その点はどうしているのでしょうか?
学位論文を書かないといけない学生は特に大変ですね。ですが、この研究分野の特性かもしれませんが、ある程度延期なども見越して計画をしておくようにしています。順調にいけばすごい良い学位論文を書けるけれど、もし延期したとしてもこういう結果は得られる、などといったようにしています。
――そんな研究をしているなかで、楽しい瞬間はどんな時なのでしょうか?
やはり、新しいデータをもとに、自分しか見ていない、自分しか知らないことをやっているということはすごく楽しいと思っています。まさに先日のことですが、まだ到着はしていないものの、これまでにべピ・コロンボから得られたデータを使った研究が世にでました。
実は10年、20年単位の研究をしていると、探査機を作るときに活躍した人は、実際にデータを解析するときには偉くなっていたり、引退してしまうなどしていて、中心にいないこともよくあります。でもそういったことも含めて受け継がれていくようなチーム感があります。べピ・コロンボは日本とヨーロッパの共同プロジェクトなので、定期的にフランスやスペイン、アメリカなどに行って、研究者たちと議論を重ねています。
でも、その“分野際”的な関係が面白いんです。私は普段、大気の研究をしていますが、地面の研究者と協力することで新しい発見につながることがよくあります。とくに水星の研究では、違う専門分野の研究者同士が密接に協力し合っています。
国際協力の醍醐味は、研究だけじゃないんです。例えば、海外の研究者とカラオケで盛り上がったりすることもあります。私は音楽が好きで、そういった文化交流も、研究者同士の信頼関係を築く上で重要だと感じています。
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研究者としての苦労と喜び
――研究において、苦労することはありますか?
ひとつは、すぐには成果が出ないことですね。例えば、コンピューターシミュレーションを使う研究者は比較的早く結果が出せます。一方、私のように探査機のデータに基づく研究は、機器の開発から実際のデータ取得まで、非常に長い時間がかかります。でも、そのぶんやりがいも大きいんです。すぐには研究成果にならなくても、将来自分が作った衛星が宇宙から自分にすごいデータをくれるんだと思うと、すごくワクワクする。それで我慢できます笑
また、実は惑星科学の研究者って、日本全体でも数百人程度です。そのため、ひとつのミッションをリードする人たちは10人から20人程度しかいません。やることも多いですが、いろんな人と宇宙の話をして、議論していくのはとても楽しいです。
――研究も短期のものと長期のものがあり、やることも多いとの話もありました。どのようにしてそれらをうまく回しているんですか?
僕は頭を“並列回路”のように感じていて、複数の研究を並行して進めているほうが集中力が持つタイプなんです。頭の中を適宜切り替えながら、それぞれの仕事をしています。研究の休憩に研究ができるのは好きで、土日に研究をしてしまうこともあります。
――研究以外での息抜きとかはどうしているんですか?
私は音楽好きなのでギターを弾くんですが、そういう趣味の時間をとったり、買い物に行ったりですね。友人とご飯に行って話をするのも好きです。
多くの興味の中で見つけた、宇宙研究の魅力
――そもそも宇宙に興味を持ったのはどういったところからだったんですか?
きっかけは覚えていないんです。昔から科学館や科学に関連するイベントなどに行くことは好きで、親も行きたいと言えば連れて行ってくれていました。小学4年生の誕生日に将来の夢を聞かれて、宇宙の研究をしたいと言ったことは覚えていますが、その段階で宇宙について調べたりしていたかというと、特にそうでもないんです。
小学1〜2年生のころは恐竜博士になりたかったし、言語や地震に興味をもったこともあります。それ以外にもオペラ歌手になりたいと思ったり、先生になりたいと思ったりしたこともありました。
いろいろなものに興味を持った結果、大学受験を控えた高校生の頃に、宇宙の研究者の話を聞く機会があったんです。それで、宇宙って正直意味がわからないし、想像もできないような世界ですが、人間が頭脳で宇宙に迫れているということをすごいと感じて、それで宇宙に興味が傾いていきました。
多彩な興味から生まれる創造性
――研究以外の興味もお持ちだと伺いました
はい。実は城郭建築や歴史が大好きで、日本全国のお城を訪ね歩いています。大学を卒業して大学院に進む際も、歴史研究の道を真剣に考えもしました。結局、宇宙研究を本業に選び、歴史は趣味として続けることにしたんです。
お城ともいえないような場所でも、石垣の跡である膨らみがあるなど、昔のことを想像するのが楽しいんです。そういう点では宇宙についても、どういう情報がわかったら昔の姿がわかるのか、今あるデータからどんなことがわかるのかといったことを想像するという部分で、共通していると思いますね。想像力は研究者にとって非常に重要な能力かもしれません。
――様々なところで講演するなど、科学コミュニケーターとしてもご活躍されています。どうしてそのような活動もしているのでしょうか?
僕がおしゃべりで、喋るのが楽しいからということもあるんですが、やはり自分がかつて科学イベントに参加したり、研究者の話を聞いて「宇宙ってすごい」と思ったことが、今の自分を作るきっかけになっていることはあります。
また、昔は宇宙の研究をするのにどうすればいいのかわからなかったり、惑星の研究というものがあることも知りませんでした。宇宙と言えばロケット、みたいな風に思っていました。でも、知れば知るほど、宇宙の研究の中にもいろいろな分野があるし、大学で言えば理学部と工学部でできる研究も全然違うというようなことは、中にいる人が言わなければわからないですよね。だから、そういうことを気軽に聞けるような、科学の窓口のような存在になれたらいいなと思っています。
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未来の研究者たちへ
――宇宙研究に興味を持つ若い人たちへ、メッセージをお願いします
宇宙という分野は、近いようで遠い、どこか手の届かない世界に見えるかもしれません。でも、実はいろんな入り口があるんです。例えばJAXAや国立天文台の一般公開、講演会など、様々なイベントがあります。まずは自分の興味のある部分から、宇宙の世界に触れてみてほしいと思います。
そして、これはとくに強調したいのですが、宇宙の知識以上に大切なのは、宇宙を楽しむことです。様々なことに興味を持って、楽しんでほしいと思います。
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おわりに
水星探査機ぺピ・コロンボは、2026年11月に水星への到着を予定している。打ち上げから8年という長い旅を経て、新たな発見の時を迎えようとしている探査機計画。鈴木さんたち研究者の取り組みは、人類の宇宙への理解を着実に深めている。
それは時に気の遠くなるような時間がかかり、すぐには結果の見えない挑戦かもしれない。しかし、その一歩一歩が、確実に人類の知の地平を広げているのだ。宇宙という果てしない謎に向かって、研究者たちの挑戦は今日も続いている。
《関連論文》
・Suzuki et al. (2024). Mg exosphere of Mercury observed by PHEBUS onboard BepiColombo during its second and third swing-bys. JGR: Planets, 129, e2024JE008524.
https://doi.org/10.1029/2024JE008524
この記事を書いたのは